起き抜けに1時間で書き殴った記事なので誤字が多い事を最初にお詫びいたします。今日、明日と出張なのでコメントの返信は遅れるかも知れません。
■ MMT論と主流派経済学はお金を表と裏か見る程度の違い ■
MMT論をシンプルに要約すれば、「自国通貨建ての国債を発行する国は、無限に通貨(国債)を発行する事が出来る」という点に収束します。
それを説明する為に「お金は借金から生まれる」とか「お金は日銀が銀行の口座にデータを書き込んだ時に生まれる」という注釈が付きますが、これは主流派経済学者も異議は無いと思います。
但し、主流派経済学者は「供給サイド」を重視し過ぎるので、「供給=流通マネーの増加=インフレ率の上昇」というプロセスで考えます。
一方MMT論者は「資金需要→通貨の発効」と捉える。だから消費が低迷している間は資金需要が抑圧されており実体経済に流通する通貨は限定的でインフレ率は上昇しないと説明する。これは正しい。そこでMMT論者は、インフレ率が上昇するまで中央銀行は通貨を発行し続ける事が出来ると主張します。そして通貨の供給手段として財政拡大が望ましいと考える。
一見真逆の事を言っている様に思えますが、私には卵が先か、ニワトリが先か程度の違いに思えます。同じ事を表と裏から見た程度の違いです。これを「通過のコペルニクス的転換」と言うにはちょっと驚きが少ない。
通貨の様な「循環系」は、始点をどこに設定するかによって見え方が変わって見える。主流派経済学とMMT論の違いはその程度では無いかと私は考えます。
ちょっとMMT論の肩を持つならば、景気が低迷して受給ギャップが存在する経済においてはMMT的な思考が正しく、主流派経済学の暴走したリフレ論は間違っていた。マネタリーベースをいくら拡大しても資金需要の低迷した経済では、中央銀行の当座預金に資金がブタ積されるだけの結果となる。実際にコロナ禍で受給ギャップが拡大すると、主流派経済学者の重鎮達も財政拡大の必要性を声高に叫び始めた。
■ 算数的には無限に発行出来る国債 ■
MMT論は自国通貨建ての国債は無限に発行出来ると説きます。
国債を発行する政府と、通貨を発行する中央銀行を一体化して「統合政府」と考えるならば、中央銀行が国債を買い取った時点で、政府債務は相殺されます。仮に利払いが発生したとしても、中央銀行の得た金利は、政府に収められるんで、実質的に利払い費は発生しない。
実際には自由な国債市場が存在するので、国債の増加は、国債の供給過剰によって市場での国債の価値を低下させます。結果的に国債金利は上昇する。しかし、日銀の異次元緩和の様に中央銀行が高値で国債を市場から買い取れば、金利上層も抑え込む事が出来ます。
実際にはこんな面倒な事をせずに国債を中央銀行が直接買い取れば良いのですが、これは法律でどこの国でも禁止されているので、面倒でも国債市場を通して中央銀行は間接的に国債をファイナンスする。これが今の日本です。
国債金利がゼロ或いはマイナスの現状は、日本政府は国債を発行すればするほど、国債発行益が得られる状況です。さらに金利2%程度の国債を金利0%の借り換え債で置換すれば、何と利払い負担も消えてしまいます。まさに現代の錬金術です。
この様に中央銀行の国債大量買入れで、国債市場の金利をゼロに押さえ込める状況が続く間は、事実上国債発行に制約は有りません。ただ、過剰な国債発行に市場が過敏に反応すると、国債の大量売りが発生して短期的に国債金利が上昇します。そうなったら中央銀行が国債の全量買い入れ実施すれば国債金利の上昇は止まります。ただ、この状態は中央銀行による国債の直接的な買い入れに等しく、財政ファイナンスそのものとなります。
この様な状況でも「算数」的には、国債は無限に発行しても無限に中央銀行が書いとるので、国債破綻も財政破綻も発生しません。MMT論は「算数的」には間違っていません。
・・・・ただ、こんな状況になって国民が通貨を信用で出来るかは別問題です。ジンバブエと変わらない状況ですから・・・。
■ 国債金利が消失した経済で、通貨の適正量をインフレ率でコントロール出来るとするMMT論 ■
良識的とされる経済学者がMMT論を批判する時、「インフレ率をコントロール出来るのか」という点を指摘します。
MMT論者は「インフレ率が上昇したら、通貨の発効量を減らし、金利を上げてればインフレは止まる」と主張します。
MMT論者は資金需要の低迷を財政出動で補うという主張をしているので、通貨の供給量を絞る為には、直接給付を減らしたり、補助金を削減したり、公共事業を減らしたり中止したりする必要が有ります。但し、これらを迅速に行うには、政治的なハードルが高過ぎます。
国民は一度得た権利をナカナカ手放しません。例えば「インフレ率が高まったんので年金を減らします」と発表する政府を国民は支持しません。尤も、現状のマクロ経済スライド方式はこれと同じ事をコッソリとやっています。ただ、安倍政権までは、世論を気にしてデフレ下でもマクロ経済スライド方式で年金額を減らす事は実行されませんでした。年金受給世代の支持率低下を恐れたからです。
同様に公共事業も直ぐには減らす事は出来ません。工事の途中で工事を中断する事には問題が有りますし、公共施設や道路などを造りかけで放置したら、「税金の無駄遣い」の誹りを受け、政府はその責任を問われます。
良心的とされる経済学者は、MMT論者の主張するインフレ率に合わせた通貨供給は現実的に不可能だと考えています。
■ 主流派経済学者も、MMT論者も大きすぎる資産市場を無視している ■
主流派経済学者もMMT論者も、ケインズの時代で思考が停止しています。供給されたマネーが実体経済で主に流通する事を前提として議論しています。
しかし、1980年代の金融革命以降、資産市場は拡大を続け、今では実体経済を遥かに凌ぐ規模になっています。供給された資金は、自体経済よりも簡単に金利が手に入る資産市場に流れ込み易い。
例えば、老人が年金を給付された場合、資金に余裕がある老人の資金は銀行預金に変わります。銀行はそのお金を運用しますが、資金需要が低迷していて融資による運用が出来ないので、資産市場で金利をハントします。
或いは、老人が老後の資金を金利の付かない銀行預金よりも投資ファンドや株式などで運用しようと考えれば、年金は資産市場に流れ込みます。
MMT論者は国家の負債は国民の資産と言います。確かに国家が負債を増やした分は、年金や給付金として個人の資産が増え、或いは公共事業を通じて企業の資金が増えます。しかし、それらのマネーが消費や設備投資に回り難いのが現代です。上記の様に個人や預金や投資に精を出し、企業も内部留保を溜め込んで、事業拡大よりも資産市場で運用して手っ取り早く金利を稼ごうとします。
この様に大き過ぎる資産市場を抱える経済では、供給されたマネーの多くが資産市場にトラップされて実態経済を活性化させる事が出来ません。(実際には、新興国や途上国の発展や、ハイテク企業の技術開発に役立ていますが)
■ 通貨の過剰供給は資産市場をバブル化し、やがてそれは崩壊する ■
従来の金融緩和や、非伝統的な金融政策と呼ばれる量的緩和で増えたマネーが資産市場をバブル化する事は歴史が証明しています。1980年代以降、アメリカではほぼ10年周期でバブルが形成され崩壊しています。
リーマンショックの原因を作ったのはITバブル崩壊による景気の低迷からの脱却の為のFRBの低金利政策ですが、供給された資金の多くが債権市場やデリバティブ(金融派生商品)市場に流入してバブル崩壊を起こしました。この時、ドルの流動性が一時的に枯渇して、世界の金融は一瞬で機能を失いました。ドルの信用も疑問が持たれた。
この様に、資金供給が過剰になると、資産市場はバブル化し易く、バブルは必ず崩壊をします。そして実態経済を大きく傷つけ、個人や企業の資産が元本を割り込んで棄損する。
行き過ぎた金融緩和や、MMT的な財政拡大は、資産市場のバブル化を通じて、実体経済を痛めつける。この事を、主流派経済学者もMMT論者も敢えて軽視している様に思えます。
■ 「用途限定通貨」や「時限式クーポン」でインフレは容易に達成されるが・・・ ■
例えば金融政策でも、MMT的な財政政策でも、効率的に実体経済の消費を刺激したいのならば、供給されたお金に「用途限定」の機能を付ければ良い。
これには前例が有ります。小渕内閣の実施した地域振興券です。地元でしか使えない、そして使用期限の付いたクーポン券でしたが、国債を発行して発行したクーポンなので、「機能限定の通過」と言えます。
ただ、地域振興券は一回の使用で換金されてしまうので、結果的には地域の事業者(主に小売)に対する直接給付に近いものでした。バラマキの規模もそれ程大きく無く、継続的でも無かったので経済や消費に与える効果はほぼ無く、単なるバラマキに終わりました。
例えば、この地域振興券を長期的に給付し、現金化出来ない様にすれば、閉ざされた地域経済の中で地域振興券がだんだんと増えて行き、やがては物価が上昇し始めます。
この様に、お金が閉ざされた経済内でしか流通せず、資産仕様で運用できなければ、通貨数量説的なインフレは確実に達成されます。
リフレ論者はMMT支持者は「デフレを悪」としていますが、これを脱却する方法は「使用限定通貨」や「クーポン」で簡単に達成できますが・・・これで経済が活性されるかと言えば、インフレが発生して物価が上昇するだけと言えます。要は通貨の供給だけでは、経済は発展しないし、イノベーションも起こりません。
足し、「用途限定通貨」や「時限式クーポン」は資産市場では運用出来ませんから、資産市場をバブル化する悪影響は防げます。
実はアメリカのフードスタンプはこれに近い制度で、食品だけが交換出来ます。(これを生活必需品にまで拡大すれば、有効な生活保護として機能します)
■ 電子マネーでは用途別通貨も実現可能 ■
アメリカのMMT論者は共産主義的な平等主義者が多い。彼らは貧困の対策としてMMTを提唱しています。究極はベーシックインカムの財源としてMMTを考えている。
AI化や自動化によって人々が仕事を失う時代、ベーシックインカムはどこかでは導入せざるを得ない政策です。一方で現状の追加制度では、ベーシックインカムで供給された多くの資金が資産市場に流れ込みバブル化を引き起こす事は避けられません。
そこで、ベーシックインカムで供給されるマネーの使用を「食品や生活必需品の購入」に限定する必要が有る。これは「時限式クーポン」で今でも実現可能ですが、お店が現金化する手間などを考えると不便です。
そこで電子マネーを使えば、同じお金でも「使用制限無し」と「使用制限付き」を同じシステム上で運用出来ます。同じレジで2種類のお金の決済が自動で可能。
さらに、資産市場のバブル化を防ぐ手立てにも電子通貨は有用でしょう。資産市場が過熱化して来たら、資産市場に投資する通貨にマイナスの金利を掛ければ良い。ただm「過熱化している」とか「バブル化している」という客観的判断が難しいので・・・実現可能かは・・・。
■ ネトウヨは似非MMT支持者 ■
共産主義的、或いは平等主義的な本家アメリカのMMT論者に対し、日本のMMT論者は「デフレ脱却による国威回復」を願う三橋教徒や、上念シンパが多い。彼らは主にネトウヨです。
アメリカでのMMTの伝道師の筆頭にケルト教授は、三橋氏や上念氏と最初は共闘していましたがが、今では断交しています。その目指すものが全く違うからです。三橋教や上念教は弱者を騙して儲ける新興宗教に近い。だから、リフレ論に飛び付き、今度はMMTに飛び付いた。
実際にネトウヨの多くは富裕で無い人が多いので、彼らもベーシックインカム的なバラマキ期待が無い事は無い。(私も大いに期待しています)
ただ、そういった個人の期待を隠して「デフレを脱却して経済成長」と主張している所が素直では無い。
■ デフレは少子高齢化の副産物 ■
日本のデフレの主因は少子高齢化であって、通貨供給の問題では無い。
確かに過度の財政の引き締めには問題が有りますが、過度に財政を拡大しても、それを消化するだけのキャパが今の日本には既に存在しません。
第二次安倍政権発足当時、大型補正予算が組まれ公共事業が大量に発注されましたが、職人が不足した業界でこれを消化する事は難しかった。予算が少ない事業の入札は不調に終わり、一方、公共事業に人出を取られて、民間工事の施工費まえ上昇してしまいました。
確かに当時のリフレ論者の期待したインフレは建設業などでは実現しましたが、それは民間の投資を犠牲にするものだった。これは「クラウディングアウト」の一つと考えられます。
少子高齢化の様に、労働力の供給制約のある経済では、不用意な財政拡大はクラウディングアウトによって、民間の経済に悪い影響を与える。
ネトウヨ諸氏は「デフレ脱却」を直ぐに口にしますが、デフレの原因をもう一度考えた方が良いと私は考えています。
■ MMTやベーシックインカムま魅力的だけど・・・富裕層が焼け太りする ■
コロナ禍のバラマキで資産市場がバブル化した様に、「お金をバラマク」政策は、資産市場を通して富裕層をさらに富ませる結果となるのが現実です。
確かにMMTやベーシックインカムは魅力的ですが、金持ちがさらに金持ちになるのはシャクゼンとしません。
先の電子マネー観は大変雑なものですが、資産市場に何等かの足枷を掛けない通貨の供給拡大は危険だと私は考えています。