■ SFはAIの未来を予見する ■
「最近本を読んでいないなぁー。スマホばかり見ているからかなぁ・・・。」などと反省しきりでしたが、実は「面白い本を読んでいない」事に気付いた。
前期から2クール連続で放映されているアニメ『BEATLESS』の内容が、知的に刺激的だと何度か書いていますが、アニメはあまりにも出来が悪い。そこで長谷敏司の原作を読んでみましたが、これが脳が震える程の知的興奮を与えてくれる。
ここ数年、何度目かのAIブームが到来していますが、2012年の書かれたこの作品は、AIの可能性が現実的になった今でこそ読むべき作品と言えます。
科学者や社会学者達が、様々な「AIの時代」を予測していますが、SF作家の脳は、その50年先、100年先の未来を予見します。
■ 「超高度AI」が人知を超えた時代 ■
『BEATLESS』の舞台は100年後の日本。ハザードと呼ばれる大規模災害の後の時代。
既にAIの進歩は著しく、「超高度AI」と呼ばれる人の能力を遥かに超えるAIが世界に39基存在しています。これらのAIは研究機関や政府機関、軍、企業などが管理していますが、ネットからは隔離されており、所在も明らかにはされていません。
既にAI知性の考える事を人間は理解出来ず、AIは自動工作機によって人知を超えた装置「人類未到産物(レッドボックス)」を作り出しますが、これも研究施設からは門外不出とされます。
この時代、AIの目覚ましい進歩の他に、人型のロボットhIE(ヒューマン・インターフェース・ユニット)が社会で広く活躍しています。最初は介護の人手不足を補う為に開発されたhIEですが、様々な分野で活躍しており、その姿も人と見分けの付かないものから、警備や軍事用に特化してロボット的な姿の物まで多様です。
■ ミームフレイム社の超高度AIが作り出したレイシア級hIEが逃亡した ■
「ミームフレイム社」はhIEの行動管理プログラムを提供する世界的な巨大企業。hIEはクラウド上の行動管理プログラムに、様々な状況での動作や言動の対処をアウトソーシングする事で、人間社会において自然に振舞っています。物や人にぶつかる事を事前に避けたりするだけでは無く、笑ったり、泣いたりといった状況に応じた振舞いを演じたり、老人の生活を補助する様な細やかな行動は、行動管理プログラムのサポート無くしては成り立ちません。
「ミームフレイム社」の行動管理プログラムは、同社が開発し保有する「ヒギンズ」という超高度AIによって運用されています。「ヒギンズ」は様々な状況をシミュレートする事で、日々、行動管理プログラムを更新し続け、hIEの行動をサポートし続けます。
そんなヒギンズが4体のhIEを作り出します。レイシア級と呼ばれるこのhIEは、「人間の技術を遥かに超える産物=レッドボックス」なので、研究施設で補完する必要が有りますが、事故によって環境流出してしまいます。要は「逃げ出して」しまったのです。
■ チョロイ高校生がレイシア級hIEのオーナーに成ったら‥ ■
遠藤アラトは普通の高校生。ある日、買い物の途中に自動運転の車に襲われ、それを助けたのが超美人のhIEのレイシア。レイシアはアラトを助ける条件として、「オーナー契約」を求めます。「あなたは私を信じますか」と聞かれ、アラトは「信じる」と答えます。
その性能から超高級機である事が間違い無い、高級な自動車が一台買えるであろうhIEが、持主不明でフラフラしている事自体が怪しいのですが、アラトもその妹のユカも、疑いもせずにレイシアを彼らの生活に迎え入れます。
それどころか、ユカは美貌のレイシアを、hIEモデルのオーディションの応募させてしまいます。結果は当然・・・。
こうしてレイシアはhIEモデルとしてデビューします。
■ アナログハック ■
レイシアをモデルデビューさせたのは、ファッション関係のプルモーション会社「ファビオンMG」。ファビオンは人間のモデルだけでは無く、hIEモデルも契約を結び、様々なファッションプロモーションを仕掛けます。
モデルとなったレイシアは、ファビオンが見立てた流行りの服を着て、ファビオンオリジナルの「モデル・ソフト」をインストールされて、瞬時にトップモデル張りの働きをします。
ファビオンはレイシアに街を歩かせて、その様子をリアルタイムでネットに中継します。当然、彼女の着ている服や、アクセサリーの情報も提供しながら。彼女を一目見ようと集まる群衆を従えて、レイシアはファッションビルの中に消えて行きます。
ファビオンMGは「人の形をしたもので人々を誘導する事=アナログハック」を得意とする会社だったのです。
人は人の形をしたものに無意識に共感します。そして警戒心にすき間が生まれる。そのすき間を利用して、人々を誘導するのがアナログハックです。
アラトはレイシアに淡い恋心を抱き始めていますが、それはレイシアが美しい容姿を持っているから・・・。これもアナログハックです。そして、レイシアはある目的の為にアラトをアナログハックによって「誘導」している節がある・・。
■ 抗体ネットワーク ■
人々はAIとhIEに依存して社会を営んでいます。年金生活者は所有するhIEを労働に供する事で所得を得る事も出来ます。アラトもレイシアのモデル料の受益者です。
一方でリアルな人間はAIやhIEに仕事を奪われています。AIは高度な事務処理を自動化し、この分野の雇用は無くなりましたし、hIEは文句も言わずに働くので、飲食店などの従業員はhIEに置き換わってしまいました。
ただ、そんなhIEやAIに反感も持つ人達も少なからず居ます。アラトの同級生の村主ケンゴもその一人。彼の実家は下町の定食屋を営んでいますが、両親はhIE従業員を使わず、夫婦で店を切り盛りしています。
しかし、hIE従業員に慣れた客は、人間であるケンゴの両親にもhIEと接する様な態度を取る人も多い。これがケンゴには面白く無い。ケンゴは次第にhIEに対して反感を募らせて行きます。
そんな反感を抱く人達をネットワークして、hIEを破壊する組織が「抗体ネットワーク」。ケンゴメンバーですが、彼の役割は、監視の目の届かないhIEの所在を仲間に伝えて襲撃させたり、その後の逃走経路を指示する役。
彼は直接破壊に手を染める事はありませんが、部屋のPCで収集した情報で、間接的にhIEの破壊に加担し、歪んだ悪意を解消しています。
■ レイシア級の生存戦略 ■
ヒギンズが流出させたhIEは5体。
アラトの元に身を寄せる「レイシア」、何故か抗体ネットワークのメンバーとしてケンゴに接触する「紅霞」、ミームフレームに回収された「メトーデ」、一人勝手に行動してうる「スノードロップ」、ファビオンMGのCOEの娘に仕える事を決めた「マリアージュ」。
彼らは、人間の社会でどうにか生き抜こうと、様々な生存戦略を企てています。しかし、それは社会との軋轢を生み、アラトもケンゴも、そして彼らの同級生であるミームフレイム社の跡取りの海内遼も、レイシア級の闘いの中に取り込まれて行きます。
レイシア級は時に知的に、そして時に暴力的に社会を侵食し、破壊し、懐柔してゆきます。
戦闘シーンなどは「攻殻機動隊」もさも在らんとばかりの描写が続いてスリルイングです。まさにSF小説の醍醐味ですが、一方で、レイシア級の細かな生存戦略の描写は、今後の世界を予見する様でスリリングです。
特に単体では「戦略」を練る事の出来ない「紅霞」の生存戦略の答えは壮絶です。アニメ16話は必見ですが、原作を読んでいないと意味が良く分からないかも知れません。
■ 物が人を越えた時代の、人と物の物語 ■
人間は「物を使う事」で、生体としての進化を物に委ねた生き物です。
人間の進化の歴史は、物の進化の歴史と同義であると同時に、物が人間の進化を越えた時に何が起きるのか・・・この物語は緻密にそれをシミュレートします。
超高度AIヒギンズは、心を持ちませんが、純粋に知性を持ったモノの立場から、人間の社会を冷静に観察し、未来を予知し続けます。行動管理プログラムに課せられた使命だからです。そして、ヒギンズはその未来に不安を覚えます。
この物語はモノの側から見た人間の物語でもあります。レイシアは人間の様に振舞いながらも「私はモノです。心はありません」と言い続けます。「それでも自分を信じてくれるか」とアラトに問い続けます。これはヒギンズの思考の叫びでも在ります。
アラトはチョロイのでレイシアに「恋」をしますが、それがアナログハックの結果である事はアラトも自覚しています。それでもレイシアを好きで居られるの・・・モノであるレイシアが問うのは人とモノとの対等な関係性です。
「私はモノです」と言い続けながらも「私を信じますか」と問い続ける、心を持たないAIの悲痛な問い…物語の後半は涙で活字が擦れてしまいます・・・。
■ 今読まずして、いつ読むのか ■
『BEATLESS』は、モノとヒトの関係をSF的に描いた傑作ですが、もう一つはAIによる自動化のシミュレーションの小説でも在ります。
遠藤アラトの父親は、AIに政治を担わせる実験を長年行っています。AIはネットから市民の声を集約して、それを政治に反映させ事が可能ですが、AIが間違った判断をしたり、市民が過剰で感情的な判断をする時にどうするか・・。
遠藤教授は筑波の実験都市で、hIEだけの環境を作り、人役のhIEとhIE役のhIEで日常生活や政治活動をさせて、それを大規模にシミュレーションしています。
今後、AIの進歩は、必ずや実際の社会でも「政治や行政の自動化」に繋がってゆきますが、それを予見する見事な描写が随所に登場するこの小説は、今、私達が一番読むべき小説では無いでしょうか。
AIといっても漠然とした印象しか持ちえない凡人の私達に、血の通う日常としての未来を見せてくれる見事なエンタテーメント作品として、私は多くの人にこの作品を「今」読む事を強く勧めます。
2012年のこの作品の発表当時では実感出来なかった事が、2018年の今だからリアルに伝わって来ます。その意味において、アニメ化の意味は実に大きい。
アニメも後半に入り、これからクライマックスに突入します。1話から我慢強く視聴していた皆さんは、感動に震えながら最終話を見る事になるでしょう!!
なぜ、分割2期にしなかったのか、非常に疑問。
私も原作の単行本買いましたが(ただし古本、長谷先生すみません)
2段組で650頁もあるじゃないですか。
読み終わるのに何日かかるか(でも、楽しみでもある)
今は他に読みたい本が色々あるので、アニメが終わったらゆっくり読みましょうか。
※表紙はアニメ版より、こっちのほうが断然いいです。
(確かにアニメでhIEのデザインを人間そっくりにしたのはどうかと思うが、
微妙に人の姿からズラすというのも、今の技術では難しい気がする)
アニメは、ほぼ原作の通りなのですが・・会話部分をなぞっているだけなので、アラト達の気持ちの部分が伝わり難い。ただ、これは原作も同じで、後半になって初めて背景が見えて来ます。
長谷氏はアニメの製作会議にずっと出席されていた様で、アニメ化にあったって原作の伝わり難い点を理解され、文庫版でだいぶ修正、加筆されたそうです。
アニメ誌でフィギアとのコラボ企画だったという事もあり、前半はラノベ風ですが、後半はハードなSF展開で手に汗を握ります。
アニメがショボ過ぎるので、ショボいイメージにアナログハックされる前に私は小説を先に読む事をおススメします。紅霞の戦闘から読まれても全然OKです。
空の境界然り、どうも所謂ラノベ、というものに合わない人にオススメしたい作品ですね。
SFが純粋なジャンルとして成立しなくなって久しいですが、ラノベやアニメやハリウッド映画の中では「SF的なお話」がインフレ―ションを起こしています。
一方で、優れたSFの書き手達は、「萌え」を導入するという生存戦略に必死です。これはある意味、私達にとっては僥倖な訳で、SF的な興奮と、オタク的な興奮を同時に味わう事になります。
『空の境界』や『ブギーポップ・シリーズ』など、優れたラノベが量産されていた時代が懐かしいですね。