■ 今年最高のアニメ作品は『月がきれい』以外には考えられない ■
幼児の頃からアニメを見て育ち、50歳を過ぎてもアニメを見いる私ですが、何年かに一度、心が震える作品に出合います。
『月がきれい』は中学3年生男女の初恋を、淡々と描いた作品ですが、50歳を過ぎた親父が思春期の中学生にタイムスリップして、毎回ハラハラ、ドキドキしながら見ていました。我が家にベッドがあったならば、枕を抱えてゴロゴロと転げ回らなければ正視出来ない程、初々しくて切なくて・・・。(ちなみに私は布団に寝ていますが)
この手の作品の傑作には新海誠監督の『秒速5センチメートル』がありますが、『月がきれい』を見た後では、『秒速・・』はキャラクターに血の通わない退屈な作品に思えてしまいす。
■ アニメにおけるリアリズムの追及 ■
『月がきれい』はアニメにおけるリアリズムの表現を突きつめた作品としてアニメ史に名を残すでしょう。
実はアニメは実写と比較した場合、情報量が圧倒的に少なく、それだけにリアリティーを得にくい。ですからデフォルメによって表現力を補強するのが一般的です。
リアリティーは「細部」に宿るので、アニメで映像だけに拘ってリアリズムを追及すると、背景や作画にかなり高いクォリティーが要求されます。ただ、いたずらにクォリティーだけを高めていくと、結局はCGによる実写紛いの表現に行く着く訳で、それがアニメと言えるかと言えば私的にはNOだと答えます。
アニメにおけるリアリズムとは、「映像として欠落した物を補って現実感を獲得する手法」では無いかと私は考えています。
パット思い浮かぶのは下の二人に代表される表現です。
1) 押井守 型
ストーリーや演出を精緻に積み上げ、物語やその描かれた社会や人物に実在感を与える方法。現実には存在しないメカや街並み、架空の組織や事件を緻密に描き切る事で、視聴者を作品世界の中に没入させ、アニメ世界のリアルの中に視聴者を閉じ込める手法。
これはアニメの得意とする所で、架空の世界を描くファンタジーやSFにおいて良く使われる方法です。富野のガンダムシリーズや、宮崎駿もこの系列と考えられます
2) 新海誠 型
背景や人物を緻密に造形し、人物の動きなどもアニメ的なケレンミを徹底して排除し、実写に近い表現を追求する。一方、映像的には実写以上の美しさを追及し、その美しさによって実写を超える訴求力を生み出す。
『月がきれい』の岸誠二監督は新海誠型を採用していますが、彼がリアルの補強に用いたのは映像の精緻さでは無く、
「間や空気の精緻感」。れらは
「リアルな距離感」という言葉に代替する事が出来ます。「人と人との距離感」がこの物語にリアリティーを与えているのです。
人物が話し始めるまでの微妙な間や、ぎこちない恋人達の肩の間の距離。家族の間の自然な距離感。ラインでのやり取りの距離感。
これらが全て絶妙なのです。実際には声優さんが発声するまでのほんの一呼吸だったり、ラインの返信が帰って来るまでの0.5秒の間だたりするのですが、それらが言葉よりも雄弁に心の動きを表現しています。
似たような表現手法を『のんのんびより』の川面監督も用いますが、彼が「間のデフォルメ」によって表現の補強を行っているのに対して、岸誠二監督は、徹底的にリアルな間を作る事で、視聴者を物語世界にシンクロさせています。作品と視聴者の呼吸がシンクロした時、「あるある、こういうの・・・」っていう圧倒的な共感が生まれるのです。
■ セリフ先取りのプレスコだから出来る声優の演技 ■
特に声優のセリフの間の取り方は絶妙で、これは「プレスコ」だなと直ぐに分かります。(特に女子達がトイレで会話する様なシーン)
プレスコは一般的なアフレコと違い、映像が完成する前にセリフを録音し、後から映像をセリフに合わせる演出方法です。一般的には映像に声優がセリフを被せるアフレコの方が作業効率が良いので、プレスコを採用する作品は希です。
プレスコの特徴は、セリフの間にあります。アフレコでは画面の登場人物の口の動きに合わせて声優が声を当てるので、絵のリズムで会話が進行します。一方、プレスコは普通の会話のリズムが再現され、集団での会話では「会話が被る」事などもしばしば発生します。
プレスコで作られた作品で成功した例として松尾衡監督の『紅』が思い浮かびます。変人ばかりが住む古いアパートでの日常シーンでその効果が如何なく発揮されます。(ミュージカル回なんて何回観ても素晴らしい)
『紅』がプレスコによって「動や騒」を作り出しているのに対して、『月がきれい』は「静や間」を作り出す事に成功しています。
オトナシイ性格の小太郎と茜の会話はとにかく間が長い。多少じれったくなる位に。私は短気なのでこうう人が相手だと会話を先取りしたり被せてしまいがちですが、彼らはじっくりとお互いの話を聞いています。
茜は陸上部の部長の比良とはテンポ良く話すので、周囲は茜と比良の相性が良いと思っていますが、意外にも茜が心地よさを覚えるのは小太郎との間の方に在る様です。結局二人の本質が似ている事に惹かれ合っているのです。
普通のアニメでは、茜が小太郎の何処を好きになったのか全く表現出来ませんが、プレスコという手法で、声優同士が繊細な間を作り出す事で、言葉や絵にならない感覚的なものを描く事に成功sしています。
■ ドタバタ喜劇の『瀬戸の花嫁』も「テンポ=間」で出来た作品だった ■
実は私は岸誠二監督は器用な監督だとは思っていましたが、こんな繊細な作品を作るとは想像も出来ませんでした。過去の岸監督の最高傑作は『瀬戸の花嫁』でファンの意見が一致すると思いますが、これはリアリズムの対極にある作品です。
この作品、とにかくテンポが速い。バルカン砲の様なスピードでギャグが次から次へと撃ち出されてきますが、その合間あいまにポロっとせるシーンが投げ込まれたりします。
実は笑いというのも「間」で出来ています。落語家やお笑い芸人をそれを巧みにコントロールして自分の話の世界へ観客をシンクロさせますが、岸誠二監督が『瀬戸の花嫁』で試みた演出はまさに噺家の手法。笑いから、しんみりに移る微妙な間に視聴者はトラップます。
『月がきれい』は、お笑いを全て排除して、間から間にシームレスに移ろう事で、岸演出の神髄を見せてくれています。
この作品に比べたら下手なアイドルタレントの自分勝手な間で進行する現在のドラマが、いかに「下手」であるか良く分かります。いえ、ベテランの俳優だって「絶妙な間」で演技をするのは至難の業でしょう。
■ シリーズ構成・脚本の柿原優子が素晴らしい ■
シリーズ構成と脚本は柿原優子。『坂道のアポロン』や『昭和元禄落語心中』でも素晴らしい脚本を書いていましたが、まさかオリジナルでこんな作品を作れるとは驚きです。
多くの中学生や、かつて中学生だった人達が経験したであろう初恋や中学校生活を、特に誇張する事も無く淡々と描いていながら、圧倒的な浸透力で物語が心に入り込んで来ます。
地味な性格の主人公達のやり取りは、現在の映像表現としてはアリエナイ程にゆっくりしたテンポで進行し、観るものをモドカシイ気持ちにさせますが・・・しかし決して彼らをせかす気にはなれません。「ガンバレ、ここで告白しろ!!」とか「エー、ここでそう言うか」なんて、心の中で、あるは声に出して突っ込みを入れながらも、彼らのぎこちない恋愛をついつい応援してしまいます。(一方で「弾ぜろリア充!!」なんて叫びそうにもなりましたが・・・)
普通の人を描く事、普通の出来事を描く事は、とても難しい事です。これが出来ている作品は映画でも小説でも数える程しか在りません。
この作品の凄い所は、「普通に共感させるチカラ」がハンパ無い事。
今年一番、いえ、近年一番の作品として私の記憶に深く刻まれました。
■ 最終回に全てのピースがピタリと収まる完成度 ■
この素敵な物語にはオマケが着いています。
それは最終回のエピローグ。エンディングの歌に合わせて彼らのその後がさらりと流れます。各話のエンドロールに謎のLINEの画面が現れますが、実はそれは彼らが中学校を卒用した後に交わされた内容であった事が明かされます。
実にチャーミングで、そして気の利いたエピローグです。
このエピローグまで含め、この作品は全ての細かいピースが在るべき場所にピタリと収まって完結します。それが決して予定調和などというものでは無く、「なるべくしてこうなった」と視聴者に納得させる所に、この作品の「凄み」を感じます。
岡田磨里の『True Tears』や、新海誠の『秒速5センチメートル』に対する柿原優子のオマージュであり、返歌の様な作品ですが、完成度においてさらなる高みに達しています。
素晴しい作品を届けてくれたスタッフに拍手を送りたい!!
■ 川越に聖地巡礼に行って来ました ■
物語も終盤のなった7月24日、自転車に乗って川越に聖地巡礼に行って来ました。
浦安から川越までは荒川サイクリングロードで行くの信号が少なくてベスト。ただ、野球少年やジョギングや散歩の人達が居る狭い自転車道路をロードバイクで走るのは危険です。ですから私はサイクリングロードはマウンテンバイクで走る事にしています。
ゆっくり川越に行くつもりでしたが・・・・サイクリングロードでロードバイクに抜かれるとついつい体が反応してしまいます。結局、川越線の踏切まで2時間で着いてしまいました。メーターのAVは29.4km/h・・・。追風とは言え、スピード出し過ぎですよねサイクリングロードで・・・。
川越には仕事で何度か来た事が在りますが、観光地には行った事がありません。スマホの地図を頼りに、先ずはこの場所を目指しました。
「月がきれい」より
氷川神社は古い町並みを抜けて、川越市役所の少し先に在りました。この場所は小太郎と茜がデートした場所ですね。
「月がきれい」より
アニメでは鳥居に飾られているのは風鈴ですが、行った時には風車が風に回っていました。風鈴に架け替えられるのは7月1日からです。
「月がきれい」より
赤い鯛は「一年安鯛」、ピンクの鯛は「あい鯛」のおみくじ。竿の先のかぎ針で釣り上げます。なかなか面白い趣向で観光客も大喜び。
「月がきれい」より
「月がきれい」より
お札のトンネルもアニメのまんま。合格祈願や安産祈願など色々なお札が在ります。
「月がきれい」より
ご神木もこの通り。
「月がきれい」より
「月がきれい」より
風鈴のトンネルも涼やかでした。音色に暑さを一時忘れます。
「月がきれい」より
「月がきれい」より
作中、茜ちゃんが流していたのは「人形流し(ひとがたながし)」。身の穢れを人形に移して流します。この人形、すぐに水に溶けてしまい、上手く流さない鳥居をくぐる前に沈んでしまいます。
氷川神社、テーマパークのアトラクションの様で観光客を飽きさせません。商魂たくましいというか、今風と言うか・・・デートには最適です。
「月がきれい」より
「月がきれい」より
神社の裏の寒川橋も重要な聖地。
「月がきれい」より
橋から見える桟橋も、作品中と変わりません。
「月がきれい」より
氷川橋を渡った先の遊歩道は二人がキスを交わした場所。
「月がきれい」より
川に沿って少し上流に歩くと、田谷堰が現れます。
「月がきれい」より
堰の近くにある、陸部女子3人が座っていた石段。
「月がきれい」より
さらに川を遡ると「濯紫公園」の石段が現れます。クリスマスプレゼントのマフラーを渡した場所ですよね。
川沿いの遊歩道は最終回のデートの場所かな。
「月がきれい」より
「月がきれい」より
古い町並みの瓦屋根もリアルに描かれています。
「月がきれい」より
時の鐘の横で「いも恋」を発見。茜ちゃんの大好物ですよね。山芋が練り込まれた皮の中は、アンコとふかしたサツマイモ。ふかしたてのあっつあつは美味しかったです。作中、祭りの夜のいも恋屋さんは本通りに在りました。
「月がきれい」より
小太郎が川越祭りの神楽?を練習しているのは朱雀町の熊野神社。
「月がきれい」より
「月がきれい」より
「月がきれい」より
「月がきれい」より
雨戸を空けてイケメンの古本屋のお兄さんが出て来ないかと期待しちゃいました。
『月がきれい』の舞台川越は、東京から近い「小江戸」として人気の観光スポットです。観光客も多く、「アニメの聖地」として今更オタクを取り込む必要も無いのか、作品のポスターなどは貼られていませんでした。
「リア充」の恋愛の物語だけに、オタクには眩し過ぎたのか、それらしい巡礼者には出会いませんでした。
近くても行く機会の無かった川越ですが、観光地としても魅力的な街でしが。今度は川越祭りの時にでも再訪したい・・・。
帰りはサイクリングロードを浦安まで戻ります。荒川CR名物向かい風で・・・・へとへとになりました。