青山美智子の新刊だ。先日ようやく読んだ本屋大賞第2位に輝いた『落し物は図書室まで』が少し残念な出来だったので、あまり期待してなかったけど、ほんの少し新境地に挑戦していて、なかなかいい作品でホッとした。別に僕がホッとする必要はないのだろうけど、好きな作家が前進していく姿を追えるのはうれしいではないか。
もしかしたらこれは彼女の初めての本格長編小説か、と読み始めた時には期待したが、第2章で主人公が変わり、いつものように短編連作スタイルだと気づく。もちろん、それが悪いとかいうわけではない。彼女の持ち味を生かすのがこのスタイルであるのなら、それはそれでいいし、このやり方で進歩してくれたならそのほうが素敵なことかもしれない。自分のやり方を変えない頑固さは悪くない。でも、別にそこにだけこだわるのは、いいことでもない。
5話からなる連作は、1枚の絵を巡る複数の人々の人間模様ということになる。そして30年に及ぶお話だ。メルボルンで出会う20歳の画家と21歳の留学生。彼女をモデルにして描いたエスキース(下絵)。たった1日だけの邂逅。赤と青の2色で書かれた絵画。そこからスタートする。日本からの留学生の女の子が現地でそこで暮らす日本人の男の子と出会うラブストーリー。2章では、彼女が1年の留学を終えて日本に帰った後が描かれるのか、と思ったがそうではなかった。別の主人公による別のお話になる。だけど、そこにはあの画家が彼女を描いて『エスキース』と名付けられた絵画が関りを持つことになる。以下のエピソードも同じパターンを踏む。
各章は『金魚とカクァセミ』というふうに何々と何々という対決、あるいは対比でタイトルがつけられている。そこでふたりの人が向き合うというお話で統一される。それはタイトルの青と赤に象徴される。下絵を意味するエスキースとも呼応するエピソードで統一されている。
それぞれがそれぞれの場所で、懸命に生きている。思い通りのはなかなかいかない。簡単にうまくいくわけもない。将来に対して、だから、不安と恐怖を感じる。そこにはたまたまあの絵画がある。自分と自分の作品(自分の人生と置き換えてもいい)との関係が誰かを通して描かれていく。
それまで読んだ4章を読みながら、少し違和感を感じる。このエピソードだけ少し長い。それに読み始めたところから何となくわかっていたことだが、この50代に突入した女性は第1章の彼女ではないか、と。予感は的中する。(というか、そういうふうに書かれてあるのだけど)お話の途中から登場する別れや彼氏の存在が、終盤で明確になる。
すべての謎解きの当たる第5章はいささか説明的すぎる。だけど、青山美智子がこの小説を長編小説として仕上げようとした意図は明確になる。こうして彼女の本格長編小説へと最初のチャレンジは功を奏した。