この新人作家のデビュー作『サバイブ』は新鮮だ。(文学界新人賞受賞)僕には関係ないようなエリート層の人たちの鼻もちならないお話なのだが、あまりそういうのは気にならない。男3人の同居生活を描く。ルームシェアではなく、「2夫1妻制(全員男だけど)」ということらしい。ふたりのよく稼ぐ男たちと、家の世話する(家事全般担当)あまり収入のよくない男、という図式。別にホモではない。
「俺は男友達の主夫をしている。子供はまだない。」という書き出しで始まる。猫(『吾輩は猫である』)かい、と突っ込みを入れたくなる。まぁ、こういう少し面倒な言い方をする。この新しいライフスタイルを理解させるのは難しいからだろう。友人というにはなんだか淡い関係で、同居していてもそこには距離感がある。それぞれの独立した権利を大事にしているとか、そんな大仰なことでもないけど。一緒にいても、ひとりひとりである。
家庭は持ちたいけど、結婚はしない。別に女は必要ないからだ。セックスはいらない、というわけではないだろうけど、そういう雰囲気は皆無だ。ふたりはセレブで、主人公の「俺」(吾輩ではない)だけが、庶民なのだが、別に気にもしてない。彼は主人公だが、傍観者でもある。「家庭」というのではなく、ここは生活を機能させるための空間とでもいうべきだろう。そこに女が入ってきても構わない。彼らはガツガツしない。
こういうライフスタイルって、何なんだろうか。不思議に落ち着く。主夫であることに引け目はない。それどころか、大事にされている。彼がいなくては、生活が成り立たないからだ。だが、ラストで彼はここを出ていく。ここ自体が崩壊していく。でも、それはささいなことだ。決定的な破局があったわけではない。俺が近所に引っ越すことになっただけ。ここから、女のところに行く。女はまた、セレブで、結局別のところで「主夫」をする。ただ、男のところから女のところへ、というのが少し違うけど。しかも、女と暮らす、という表面的にはなんだか普通の同棲みたい。だけど、そこにはセックスの匂いはないし、愛なんてもっとない。
同時収録の『シェア』(芥川賞候補)は、部屋を外国人観光客にレンタルする話で、最初は空いていた部屋だったけど、やがてはマンションに複数の部屋を持つようになり、そこで宿泊費を稼ぐ。まぁ、「ホテル」みたいなもの。最初は普通の民家をベトナム人留学生の女の子とルームシェアしたのだけど、まだ、空き部屋があったので、そこを貸し出したのが始まり。不安定な仕事で、法律にも抵触しているけど、でも、需要があり、今は上手くいっている。
この2作品に共通するのは、なんともいえない危うさだ。それは今という時代の空気を体現している。安定とは程遠いけど、この瞬間は心地よい時間。そこに埋もれていたいと思う。でも、こんな時間は長く続かないだろうことはわかっている。それにしても、そこにこんなにも恋愛からは遠い話を作るのはなぜだろうか。今までのパターンなら、関係ないのに、すぐに恋愛を絡ませてしまうところなのに、ここではさりげなく避けられる。
リアルの感触がそこにはない。それは彼らの仕事がそういう仕事(コンサル、外資系)で、だからこそ、彼らは生活というものを大事にしていた。でも、それが従来の結婚というシステムではないことは彼らも薄々は勘付いていた。もっと違う関係性を模索して、その結果がこのふたつの小説に描かれるような関係だったのか。これもまた、過程にすぎないのか。生きている実感がまるで感じられないまま、ふわふわ存在している感じ。