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映画・演劇のレビュー

岩井圭也『舞台には誰もいない』

2025-02-16 06:40:00 | その他
ゲネプロで奈落に落ちて死んだ女優。公演は中止になる、本番だった日に演出家からスタッフ,キャストが公演するはずだった劇場に集められた。亡くなった女優が語る彼女の来し方、行く末。ここまでが序幕。

一幕は彼女の高校3年次の母の死から始まる。決められたレールの上から降りていいと言われる。だけど何も浮かばない。東京に行きたいなら行けばいい。父は優しく突き放す。吉祥寺に行く。そして女優になる。これまで芝居をしたこともない彼女はまずたくさんの芝居を見ることから始める。劇団バンケットの名倉と出会う。彼のオーディションに参加して、メソッド演技を受け入れる。そこから始まる。

役のために初めて男と寝る。相手が好きだったからではない。男を知っている女の役をリアルに演じるためだ。これはない、って思った。この先、不幸な女を演じるためにデリヘル嬢になり、たくさんの男たちと関係する。恋人もいたが、それも恋人がいる演技をするため。だから相手はやがて彼女には表面だけで愛がないことを知り離れていく。

100人以上の男と寝たという。デリヘルは役をものにしたからやめた。お金にも生活にも、もちろん男にも執着はない。演じること。空っぽの自分を芝居で満たすことだけ。怒りを表現するために身を傷つける。内面からも外見からも。ただし、役者だから傷は見えないところだけに。顔や服で隠せないところはNG。イメージとしてはわかるが、現実的にはこれはただの狂気だ。思えばこの小説は、死人を演じるために死ぬ、ということから始まる。

4章仕立てで4人の証言からなる遠野茉莉子の死の真相。それを見守る茉莉子本人の亡霊。演じることで死ぬために生きた彼女の半生。

あまり関係ないけど、先日見た芝居、劇団ミルクレープ『美少年』という作品の4人の役者たちの熱演を思い出した。若い彼らはここには不在の男の子を追って彼の失踪、30年後の再会を描く芝居だ。ここにはいない誰かの謎を再現していく、という意味でこの小説と共通点がある。

学生劇団の拙い芝居だったらどうしようか、と少しドキドキして見たのだが、彼らがあまりに上手くて反対にドキドキしてしまった。演出、主演の長門凜太郎だけでなく、4人がこの空洞を体現した。いい芝居だったが、あれを見た直後にたまたまこれを読んでしまったのはなんという運命か、なんて。

とても面白く読み始めたし3章まではよかったけど、最後はいささかつまらない。予定調和になる。4人の証言から彼女の空白が見えてくるならいいけど、そうはならない。彼女の内面と身近な他者から何が見えるのか。4章は彼女の自殺の謎には迫れないまま終わる。そこまでが面白かっただけに、この結末は残念。もう一回どんでん返しが欲しかった。


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