習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

山本甲士『戻る男』

2010-08-14 20:37:04 | その他
 こういうエンタメ小説が読みたかったのだ。ドキドキしながら、ページを繰る。意外な展開。読めそうで読めない先の展開。そのくせ予想どうりの展開が心地よい。それはないでしょ、という無理さがないのだ。

スランプに陥った小説家が、たった50万で過去にタイムスリップし、後悔ばかりが残る過去をやり直せれるという怪しい誘いを受けて、雑誌の取材がてら体験してみるのだが、本当に過去に戻って、自分の些細な歴史を変えてしまう。虐められた過去を、やり直し彼を虐めた男をやっつけてしまう。当然、爽快な気分になる。その後の人生を一瞬で体験し、現代に戻ってくる。記憶は書きかえられる。周囲の人たちも修正された記憶を正しいものだと受けとめる。実に都合のいい装置だ。

 タイムスリップに成功し、過去の修正も上手く行く。欲が出てくる。そこにつけいるように、成功報酬、といいうか、タイムスップのための手数料は、2度目は100万円。3度目は500万と、どんどん膨れ上がる。なんだかかなり嘘くさい。だが、本人はちゃんと時間を遡り、やり直せるのだから、安いものだと信じる。

 時間旅行をテーマのした小説はゴマンとある。SFの定番だ。この小説は、この手垢のついた素材をもとにして、意外性のある展開を見せてくれた。ネタばれになるから、そのからくりについては書かないが、これは充分に納得のいくやり方だ。

 歴史を変えない程度になら、過去を修正しても構わない、という設定も斬新だ。上手いところを突いてくる。今までやらなかったパターンである。でも、せっかくこのアイデアを手にしたにも関わらず、生かし切れていない。嘘くさいエージェントの意外な事実や、謎解きがあまりに単純過ぎて、納得がいかないのだ。リアルの地平で作品が作られた。だが、それがどこまでこの小説に貢献したのかは、なんだか微妙。

 後半の謎解きからラストまでの展開がちょっと弱い。そのため理由がばれた後、あんなにも上手く話の辻褄を合せたにもかからず、物足りない。こんなにも上手くまとめたエンタメ小説であるだけに、ただ泣かすだけではなく、もっと爽快な気分にさせて欲しい。

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