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映画・演劇のレビュー

『台北に舞う雪』

2011-03-14 21:11:04 | 映画
なんだか緩くて、甘いばかりの砂糖菓子のような映画だ。今時こういう映画はない。なのに、こんな映画をあの『山の郵便配達』のフォ・ジェンチィ監督が撮った。それだけでも驚きである。これはかつてどこにでもあったようなただのティーン向けの青春映画である。

都会で暮らすまだ少女のような女が、仕事に疲れて、田舎に逃げ出す。そこで、優しい青年と出会い、淡い恋をする、だなんて、あまりにも紋切り型で、今時そんな映画はありえないだろ、と思う。しかも、彼女は今売り出し中の人気歌手で、声が出なくなり失踪した、なんていういかにも、な設定。彼女が出会う青年は純朴で、彼女を心から愛して、彼女を守ってあげたいと思う。だが、2人の間には、よくあるような「大きな壁」がある。それは、あまりに住む世界が違いすぎる、ということだ。身分違いの恋である。書いていて恥ずかしくなるようなクラシックな映画だ。だが、それを照れることなく大真面目に見せる。70年代のアイドル映画のノリである。

ちょうど昨年1月、久しぶりに台湾に行ったとき、偶然、訪れた町が映画の舞台になっていた。映画の中に出てくるいくつもの場面に見覚えがあり、それはそれで面白かったのだが、映画としてはこれでは、なんともいいようがない。だが、なぜか僕はこの映画が嫌いではない。このオーソドックスでクラシカルな映画を丁寧に見せることで、忘れられていた「何か」がよみがえってくる気がしたからだ。

 映画は夢を見せる装置だ。現実にはあり得ないようなささやかな風景を物語として見せる。観客はその世界にどっぷりと浸かって、幸福な時間を過ごす。これは夢の場所、夢の時間を描く心地よいラブストーリーなのである。そう思うとこの甘さすら必要だったのかもしれない、と思えてきた。美男美女による切なく悲しい恋物語がこんなにも爽やかに描かれるのは、これが現実ではなく、夢物語だからである。雪が降ることのない台北の町に幸を降らせる。これは、帰ってくることのなかった母親が戻ってくるという夢を今も見る青年の旅立ちのドラマでもある。

 舞台となる台北の田舎町の素朴な人々の営みも心地よい。実際にも、確かに、こんな町だった。ほんの半日だったがここに行ってよかった、と改めて思う。


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