映画が始まって30分になるのにまだ村には辿り着かない。まる一日バスに乗り、たどり着く村からはさらに徒歩で6日。この摑みの部分から一気にお話に引き込まれていく。これはヒマラヤ山脈の標高4800メートルにあるという実在する村ルナナを舞台に、都会から来た若い教師と村の子どもたちの交流を描いたブータン映画だ。
だけどよくあるハートウォーミングではない。まるでドキュメンタリーのような客観的なタッチで村の生活が描かれる。実際の村でほとんど村人たちをキャスティングして作ったのだろう。
こんなところには居たくないと最初からすぐに帰る気満々だったやる気なしの教師。期待に胸を膨らませる子どもたち、村人。
だんだん彼は変わっていく。確かに。最初はすぐ帰るはずだったのに、最初の授業をして(お互いの自己紹介だけで終わり)少しずつ彼らと向き合い、心を開く。だから最後が気になってきた。どこに決着点を見出すのか。よくある感動ものになるか?
最初の頃の投げやりで、仕方ないから嫌々来たってところから始まり、この村で出会ったさまざまな人、出来事を通して考え方が変わる過程がさらりと描かれる。春から冬の前まで。半年くらいの時間。そして予定通り彼は去っていく。自分の夢を優先して。
オーストラリアに行きミュージシャンになる? シドニーのバーで弾き語りをするラストは夢を叶えている今の彼を描くようには見えない。まだ柔らかいヤクの糞を手摑みして集めてきて燃料にした日々を思う。遠く離れた異国であの歌を歌うラストシーンが胸に沁みる。夢って何がだ?
たった半年。文明から離れた山の教室で8人の(隣村から来た少女も含むと9人だ!)子どもたちと過ごしたこと。彼らの夢を見守り、育てること。その第一歩と関われたこと。彼らもまたやがて夢を実現するためにはこの村を出て行かないとならない。村を出た子どもたちは夢を叶えて帰ってくるだろうか?
若い先生は子どもたちの未来より自分の未来を優先した。だけどそれは裏切り行為とは思わない。ルルナ村での日々は夢の時間ではない。現実の時間だ。現実と向き合いその先にある未来を手にすることができるか。これは彼らだけの問題ではない。