これは胸に痛い。大学を出たけれど、就職もしたけれど。だけど、自分が何をしたいのか、この仕事が何なのかすらわからないまま勤務して、しかもいきなり大阪勤務を命じられた。生まれてこの方東京から離れたことはない22歳の女の子。初めてのお使いならぬ初めてのお仕事。
実話をベースにして新米会社員(出版取次の大手に入社)の奮闘記を描く。はず,だったけど。
これは実在する小さな本屋、小林書店の店主,由美子さんの体験を描くノンフィクションだ。彼女と出会い、お話を聞くのが前述の新米、大森美香。実話をもとにした小説だけど、由美子さんの語るお話は事実であり、70年に及ぶ小林書店の歴史が背景に描かれる。
どこにでもいる、何もできない新入社員の成長物語というフィクションを入り口にしたことで誰もが共感できるお話になる。しかも彼女はこれまでまともに本を読んだこともないような女性。そんな彼女が本と出会い、由美子さんと出会うことで、本を知っていく。読者好きなマニアックな女性を主人公にしないところがいい。
尼崎にあった小林書店。そこに取材してこんなかたちの作品に仕上げたコピーライターの川上徹也。2020年に出版された『仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ』を加筆、修正してリニューアルした。心に沁み入る小さな本である。