1月公開の『僕らのごはんは明日で待っている』に続いて早くも今年2本目の市井昌秀監督作品だ。廃部寸前の吹奏楽部を復活させるために奮闘する新入生の女の子が主人公。彼女(チカ)と幼なじみで、偶然この高校に入って再会したハルタも、彼女に引っ張られて吹奏楽を始める。彼らの部員探しから始まる青春の日々が綴られていく。全体的にはお話自体はあまりリアルではなく、最初はコメディタッチのストーリー展開を見せるが、先日の『チア☆ダン』のような(あれは実話の映画化なのに!)荒唐無稽ではない。
2人が吹奏楽部に9人の部員を集めて、廃部を免れるまでの部分がお話の前半戦。(校長が4月中に9人集まらなかったら廃部する、と言うとか、新任の先生が顧問を引き受ける部分とか、)かなり強引な展開で、嘘くさい。だが、そこからが趣を異にしていく。彼女たちが楽器持ち、活動を始めると、徐々にそれまでとは違った様相を呈してくるのだ。最初はここでもこんなにも吹部復活に拘ったチカが、なんとフルートを吹いたことがない初心者だった、なんていう冗談のようなエピソードからスタートするけど、映画は徐々に音楽映画の様相を呈してくる。
ふつうなら、部活も恋もがんばる、とかいうようなお話になるはずだし、幼なじみのふたりに恋が芽生えるというパターンは必須アイテム。なのにこの映画は、まるでそういうことには関心を持たない。しかも、コンクールに出場して、どうなるか、というあるあるの展開をするにも関わらず、ここでも結果は描かれないまま、ストーリーが進んでいく。ある種のパターンを踏みながらも、映画はそこからどんどん逸脱して行く。
そして、その先には「どこにでもあるありきたりな青春」がある。これは「キラキラ青春映画」ではなく、日常の淡々としたスケッチとなるのだ。だが、そんな変化のない日常の日々こそが、僕たちのほんとうの時間で、この映画は作られたドラマチックを無視する。
ただ、毎日演奏を繰り返し、3年間の高校生活を終える。コンクールで金賞を獲ることもなく、全国大会に出場することもない。地味に校舎の片隅で毎日朝から晩まで楽器を鳴らしている。そんな彼女たちが迎える感動のラストシーンには唖然とした。授業中、誰かが楽器を鳴らす。それに連動してまたひとり、またひとりとその音色に合わせて自分の楽器鳴らしていく。学校中のあらゆるところから音がする。やがて大演奏会が始まる。
日常の中にある祝祭。それをリアルと妄想のあわいで、実現していく。あのラストは現実ではないけど、あんな現実が彼女たちの心の中にはある。音楽を通してみんなの心が一つになる。吹部の部員だけではなく、彼女たちの演奏に耳を傾けるみんなが幸せのなる瞬間が奇跡のように描かれていくのだ。これはもうひとつの『ラ・ラ・ランド』だ。
2人が吹奏楽部に9人の部員を集めて、廃部を免れるまでの部分がお話の前半戦。(校長が4月中に9人集まらなかったら廃部する、と言うとか、新任の先生が顧問を引き受ける部分とか、)かなり強引な展開で、嘘くさい。だが、そこからが趣を異にしていく。彼女たちが楽器持ち、活動を始めると、徐々にそれまでとは違った様相を呈してくるのだ。最初はここでもこんなにも吹部復活に拘ったチカが、なんとフルートを吹いたことがない初心者だった、なんていう冗談のようなエピソードからスタートするけど、映画は徐々に音楽映画の様相を呈してくる。
ふつうなら、部活も恋もがんばる、とかいうようなお話になるはずだし、幼なじみのふたりに恋が芽生えるというパターンは必須アイテム。なのにこの映画は、まるでそういうことには関心を持たない。しかも、コンクールに出場して、どうなるか、というあるあるの展開をするにも関わらず、ここでも結果は描かれないまま、ストーリーが進んでいく。ある種のパターンを踏みながらも、映画はそこからどんどん逸脱して行く。
そして、その先には「どこにでもあるありきたりな青春」がある。これは「キラキラ青春映画」ではなく、日常の淡々としたスケッチとなるのだ。だが、そんな変化のない日常の日々こそが、僕たちのほんとうの時間で、この映画は作られたドラマチックを無視する。
ただ、毎日演奏を繰り返し、3年間の高校生活を終える。コンクールで金賞を獲ることもなく、全国大会に出場することもない。地味に校舎の片隅で毎日朝から晩まで楽器を鳴らしている。そんな彼女たちが迎える感動のラストシーンには唖然とした。授業中、誰かが楽器を鳴らす。それに連動してまたひとり、またひとりとその音色に合わせて自分の楽器鳴らしていく。学校中のあらゆるところから音がする。やがて大演奏会が始まる。
日常の中にある祝祭。それをリアルと妄想のあわいで、実現していく。あのラストは現実ではないけど、あんな現実が彼女たちの心の中にはある。音楽を通してみんなの心が一つになる。吹部の部員だけではなく、彼女たちの演奏に耳を傾けるみんなが幸せのなる瞬間が奇跡のように描かれていくのだ。これはもうひとつの『ラ・ラ・ランド』だ。