グレン・グールド「バッハ ゴルドベルク変奏曲 1955&1981」


 クラシック音楽のディスクを買い始めた時期が好運にもレコードからCDへの移行期だったので、レコード購入の損失(?)は20~30枚で済みました。とはいえ、私のプアな装置での数少ない経験でも音はレコードの方がよかったです。特に音の広がりや突き抜け感がよくて、気に入ったレコードをCDで購入して聴き直すとあれっ?こんな響きの悪い音楽だったっけと驚いたものです。
 今となっては比較しようがないのですがおそらくCDの方が音はよくなったのだと思いますが、技術が進歩してもCDからの買い替えは金銭的にもう無理なので、現行の枠内での進歩をお願いしたいです。

 そんなレコードでもCDでも両方持っていたディスク(初期のお気に入り)に、ベームのブルックナー第4番、ブレンデル/アバドのブラームスピアノ協奏曲第1番、バックハウス/ベームのブラームスピアノ協奏曲第2番、それに今回ご紹介する名盤中の名盤、グレン・グールドによる「バッハ ゴルドベルク変奏曲(1981年録音盤)」がありました。

 バッハのゴルドベルク変奏曲は、不眠症の男爵のために作曲された音楽で、愛すべき楽曲だけど名曲とまではいえない音楽とされていたものです。

 それに命を吹き込んで蘇生させたのがカナダ出身の変人ピアニストであるグレン・グールドです。お約束の保守的な奏法が期待されるバロック音楽を即興的で自由なタッチで描き切ったのがグールドのデビュー盤である1955年の録音です。今聞いてもとても刺激的な演奏ですので、当時のクラシック界のショックが容易に想像できます。

 それから20年以上経ち、死の直前に再録音したのが、1981年の録音です。こちらはインテンポでスピードも遅く(他の奏者と比べると早いですが)、瞑想的な美しい音楽、それでも輪郭がはっきりしていて魅力的な演奏です。
 1955年盤、1981年盤ともにとても子守唄にはならない刺激的な音楽で、BGM程度のつもりで気軽に聴き始めても結局、ずぅーと耳が音楽に集中してしまいます。ベートーヴェンやモーツァルトのピアノソナタと並んで、屈指の名曲であることを実感させてくれる名演です。

 両盤が最高のスタッフによりリマスターされたこのディスクが今となってはお得だと思います。
 特に1981年盤は以前発売されていたデジタル録音の音源ではなく同時に残していたアナログ録音の方を音源にリマスターしたものなんだそうです。当時未熟な最新技術よりも成熟した旧技術で録った音のほうがよかったとか。原盤のディスクの名称である「A State of Wonder」というのは「驚きの状態」、つまりこの録音状態のことを意味しているのでしょうか(すいません英語苦手で)。
 実際に聴いてみて正直言って音の違いははっきりとは分からないのですが(以前のディスクは押入れの奥に移されていて発見不可能、比較できません)、相変わらず粒の揃ったピアノ音の素晴らしい演奏が極上の録音で残されていることに感謝したいと思います。何度聴いても魅力的な演奏。単純な順位付けは出来ませんが、このディスクは録音で残っている全ての演奏の中で間違いなくトップ10、トップ5に入り、第1位の有力候補なんだと思います。
 1955年盤の方はリマスターで明らかに音がクリアーでくっきりした音に生まれ変わっています。改めて1981年盤と聴き比べると以前は別物と思っていた演奏に多くの共通点があることに気付きます。それでも、20代の若いグールドによる即興的な演奏は閃きに溢れた素晴らしい演奏です。グールドの1981年盤に対抗馬があるとすれば他の奏者の録音ではなく、この1955年盤なんだと思います。

 いつものことですが、ゴルドベルク変奏曲を聴くと、その他のグールドの演奏をまた聴きたくなります。今年の夏もグールドのバッハ、ハイドン、モーツァルト、ブラームスなどに酔いしれたいと思います。


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