ビリー・ホリディ「ザ・ビリー・ホリディ・コレクション」


 最近は再びジャズ中心になってきました。「いい音を選ぶ」というオーディオ雑誌の「上質の音で聴く超・名盤 ジャズ編」で紹介されていたディスクと村上春樹の「ポートレイト・イン・ジャズ」で興味を持ったミュージシャンのものを少しずつ買って聴いています。

 これまではマイルス・デイビス、ビル・エヴァンス、ハービー・ハンコックにクリフォード・ブラウンくらいでしたが、ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、チャーリー・パーカー、アート・ブレイキー、ウェス・モンゴメリー、リー・モーガン、アート・ペッパー、オスカー・ピーターソン、セロニアス・モンクといった巨人達を聴くようになりました。いいですね、ジャズも。聴き込めばこれまで同じに聞こえていた音楽、演奏が全然違うものだということが分かってきます。
 ジャズの名盤、売れ筋が、1950年代、1960年代ばかりというのはある意味、クラシックよりも過去の栄光頼みで業界の発展としては深刻なのかもしれませんが、50年代、60年代でもディスクの音がものすごくいいのがジャズの特徴です。クラシックの当時のモノ録音はよっぽどの内容でないとパスという感じですが、ジャズは演奏者と録音機の間の距離が短いせいか(?)、鑑賞上、全く問題ない高音質です。そうなると1957年だろうと2007年だろうと腕だけの勝負、現代は辛い(ようです)。

 加えて最近はボーカルにも踏み込むようになりました。エラ・フィッツジェラルド、ルイ・アームストロング、アニタ・オデイ、ヘレン・メリル。歌入りはなんとなくジャズの亜流のような印象があり敬遠してきたのですが、いいです。リラックスできるし、イメージにあるような即興で適当に歌っているのではなくその歌唱の水準の高さに痺れます。人間の声はクラシックでもそうですが、楽器以上の魅力があり好きです。

 そして、ビリー・ホリディに出会いました。おそらく多くの人がそうだと思いますが、私も名前は知っていましたが、どんな人か、どんな音楽か聞いたことはありません。村上春樹も上記本で激賞していたのですが、録音時期が1930年代と読むと、止めておこうかなあと思っていました。
 それが、ジャズの女性ボーカルを聴くうちに、音は悪いけどいいんじゃないかと思えるようになりました。後押ししたのは村上春樹による次の文章です。ネットでビリー・ホリディを調べるといろんなところ(ブログなど)に引用されていました。


    ビリー・ホリディの優れたレコードとして僕があげたいのは、やはりコロンビア
    盤だ。あえてその中の一曲といえば、迷わずに「君微笑めば」を僕は選ぶ。あい
    だに入るレスター・ヤングのソロも聴きもので、息が詰まるくらい見事に天才的
    だ。彼女は歌う、
    「あなたが微笑めば、世界そのものが微笑む」
    When you are smiling, the whole world smiles with you.
    そして世界は微笑む。信じてもらえないかもしれないけれど、ほんとうににっこ
    りと微笑むのだ。     (ここが音楽エッセイの最後です。)


 いい文章ですよね。コロンビア盤の3枚組CDを買い、まずは「When you are smiling」を聴きました。感動です。想像以上の良さです。イメージはグレンミラー楽団のイン・ザ・ムードのような(いい曲ですが)靄のかかった古臭い感じかなと想像していたのですが、古いけどリアルでクリアな音に驚きました。そして、すぐに好きになりました。村上春樹はこうも書いています。


     彼女のスイングに合わせて、世界がスイングした。地球そのものがゆらゆらと
     揺れた。誇張でもなんでもない。それは芸術というようなものではなく、すで
     に魔法だった。


 3枚全て聴きましたが、本当に世界がスイングします。村上春樹の文章は誇張ではないです。
 そして、しばらく聴き込むうちに気付いたのですが、ビリー・ホリディは聴いたことがありました。ウディー・アレンの映画の冒頭あるいは最後に流れていた音楽です(検証していないので分かりませんが)。あのプワァーンというウキウキする音楽。皆さん聴いたことのあるメロディです。

 このコロンビア盤はグラミー賞も取ったリマスター盤なんだそうです。1937年を中心とした音とは思えないクリアな音楽が聴けます。クラシックでは同時代に、1938年ウィーンでワルターのマーラー第9番などが録音されています。それに比べると1.3倍から1.5倍クリアな録音(リマスター)です。初めて聴く方には、このコロンビア盤をお勧めします(私は輸入盤、3枚組、3670円をタワーレコードで買いました。国内盤の情報はよく分かりません。)。


 ビリー・ホリディ、もし聴いたことがないのであれば絶対です。ジャズの感覚がお好きな方なら気に入ると思います。どうして現代ではマストアイテムと言われないのか不思議なくらいです。


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ムラヴィンスキー「チャイコフスキー交響曲第4・5・6番」


 4月に新たに聴いたクラシックCDの感想です。

・ムラヴィンスキー/レニングラード「チャイコフスキー交響曲第4・5・6番」

 交響曲ではコレクション入りしていなかった最後の定盤かもしれません。世評が高く聴きたいと思っていたのですがこれまで購入していませんでした。おそらくこの3曲には以前はカラヤン、最近ではゲルギエフ指揮の絶品といえるウィーンフィルの演奏があったのでこれ以上は不要と思っていたからでしょう。
 最近読んだ音響関係の雑誌のクラシックコーナーで多くの名盤に並んで勧めてあったのでようやく手に取りました。

 ド迫力の演奏です。もともとそういう音楽というのもありますが、ムラヴィンスキーによる確信のある厚くたたみ掛ける音楽、レニングラードフィルの金管の咆哮を(ソ連のオケとしては当時例外的な西側でのグラモフォン録音で)1960年ですがクリアな録音でくっきりと捉えていて圧倒されます。ムラヴィンスキーの指揮は直線的、強靭なのですが、決して音が硬くなることはありません。力任せではない圧倒的な迫力があるのに、音楽がしなやかに呼吸してメロディとして流れる。正に至芸です。カラヤンの演奏のようにロシアの極寒、広大な情景が目に浮かぶ訳ではないのですがチャイコフスキー節を堪能できます。

 3人の演奏を比較すると、第4番は第4楽章のハイテンポで凄みのある演奏が群を抜いていてムラヴィンスキー、第5番はウィーンフィルの共感を得たゲルギエフの感動的な高揚感に惹かれる、第6番はカラヤンの泣き落とし、オーケストラから引き出した美音も捨てがたい・・・という感じでしょうか。この3者の演奏はどれも素晴らしいです。


・ティーレマン/ミュンヘンフィル「ブラームス交響曲第1番 他」

 ティーレマンとミュンヘンフィルの組み合わせの作品には注目していて、モーツァルトのレクイエムなど試聴コーナーなどで聴いてきたのですが買いたいと思わせるような強い印象が残らなかったのでこれまでは見送ってきました。しかし、ドイツ音楽の直球ド真ん中であるブラ1の登場、これは買わざるをえません。

 腰の据わったブラームスらしい演奏ではあるのですが…数多の名演奏を聴き慣れた中ではピンときませんでした。2度目は念の為、大音響で聴きましたが、やはり普通の演奏に聞こえます。ところどころでテンポを落としたりと大物風の演奏もしますがその程度ですかというくらいです。デビュー盤のベートーベンの第5番、第7番もスローテンポでしたが決して真似事ではない説得力のある大きさを感じたのですが…。曲に忠実でハッタリのない真面目な指揮者なのか、ミュンヘンフィルとはもう少し時間がかかるのか。レヴァインも結果を残せなかったし、チェリビダッケの影を引きずっているのでしょうか。
 ティーレマンを初めて雑誌で見た時にベルリンフィルに向かって「君達はブラームスのことが分かっていない」と言ってのけたと読み、すげぇ奴だなと思ったのですが、少なくともこのブラームスの演奏を聞くだけでは、何故そんなにブラームスに自信があるのかよく分かりません。


・「グレン・グールドによるバッハ・ゴールドベルク変奏曲の再創造」

 このディスクは、グレン・グールドによる有名な1955年の演奏をデジタル的に記録し(詳しいことは分かりませんが指使いの時間、タッチの強度などを記録するのでしょうか)、それを現代のピアノで機械(?)が弾き、最新の録音で記録する=再創造するという企画モノです。興味本位で買ってしまいました。

 悪くないです。何といってもモトの演奏がいいので真似モノもよいです。もちろん微妙なニュアンスに違いがあり本物とは違うことは分かりますが音はクリアです。ただ、最近の技術の進歩で本家も1955年のモノ録音とはいえかなりクリアにリマスターされていて聴くのに違和感はないです。これが戦前のザァーという雑音入りの名演であれば、この再創造の意味もあったのかもしれませんが、これでは勝負になりません。
 楽しめますが、結局、グールドのよさを再認識して改めて、1955年盤を聴き直す事になりました。ただ、この演奏にはもう何度か聴いてみたいという面白さがあります。それが何かは分かりませんが(結局、何もないかもしれませんが)、遺伝子操作に近いこのような再創造技術で何か別のこともできるのかなあと興味は湧きます。


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中山康樹「リッスン~ジャズとロックと青春の日々」


 4月に読んだ本の感想です。

・中山康樹「リッスン~ジャズとロックと青春の日々」
 マイルスを聴け!でジャズ界では有名な中山康樹氏の自伝(的小説ではなく、自伝なのだと思いますがはっきりとは分かりません)です。私より15年近く前なのですが、どの時代も変わらないのだと思います、この音楽凄いよという遭遇体験、感動が購入した音楽ショップとの関わりとともに綴られています。この世代はビートルズ、ビーチボーイズ、マイルス・デイビスの新譜を青春時代に体験しているのでその印象の強さも強烈だろうと思います。私は80年代に青春時代の音楽を体験したことを幸運に思っていて、ビートルズ世代を羨ましいとは思わないのですが、おそらく音楽評論を職業とできるくらいの衝撃的な体験を得られたのはこの世代なんだろうなあと想像できます。
 当時のレコード屋事情、ジャズ喫茶、そしてジャズ専門誌の編集部に迎えられるまでの経緯が大阪弁のあっけらかんとした口調で語られ楽しく読めます。音楽を聴くということは、音楽ショップでディスクを買うということと密接、イコールだった時代へのオマージュのような作品です。
 また、聴きなれたビーチボーイズの「ペットサウンズ」はこう聴くんだ、こういうアルバムなんだという専門家ならではの深い聴き方、視点を知れたのも収穫でした(「ペット・サウンズ」のステレオ・リマスター盤を買い直しましたがとてもいいです)。


・村上春樹・和田誠「ポートレイト・イン・ジャズ」
 村上春樹が好きなジャズミュージシャン55人についてそれぞれ4ページで紹介する音楽エッセイ。ミュージシャンの評価、個人的な思い出、特に好きな1枚あるいは1曲の紹介で締めます。このような気軽に読めるエッセイは村上春樹の独壇場です。それぞれ1冊の評伝もあるような大物ミュージシャンの「断片」なんだけど、本質をついていて、楽しく読めます。村上春樹がこれらのミュージシャン、ディスクを深く深く聴き込んで来たからこそ可能なことなんだと思います。


・小西慶太「村上春樹を聴く。」
 村上春樹の小説などで取り上げられたジャズ、ポップ、ロック、クラシックの音楽、ディスクを細かく紹介している本です。それにしても、こんなに音楽出てたかなあというくらいの数です。小説がそのまま引用されていれば雰囲気が伝わったのでしょうが、ディスクの羅列なので、暫く眺めていると飽きてきました。

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 小説の感想は次のとおりです。


○圧倒的/痺れる/最高

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○高水準/読む価値あり

・吉田修一「悪人」
 朝日新聞に連載されていた小説なんだそうです。連載時に朝日新聞を取ってましたが気付きませんでした。長崎県出身の著者が九州弁爆発で描ききった作品。朝日新聞の連載小説なのに読売新聞の日曜版書評で絶賛されていたので手にしたところ、面白い!

・奥田英朗「家日和」
 家をテーマにしたユニーク系連作短編集。3冊出版されている精神科医・伊良部一郎シリーズよりこちらのほうが個人的に好みです。どこにでもある家庭のことだからなのかストンと落ちがあるわけではなく自然と途切れるように終わるのはウマイです(落ちがないのは締切に追われて仕方なくではないと思いますが…)。

○個人的には合わなかった

・桐野夏生「グロテスク」
 複数の視点から本質に迫る「OUT」のような展開にはどきどきしましたが・・・どの視点もドロドロした女の情念、エグさが凄まじく・・・ここまでハイテンションが続くとちょっと作り物臭く感じて、ノレなかったです。人物毎にメリハリつけたほうがよかったかも。


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山崎浩太郎「クラシックヒストリカル108」


 私のクラシックコレクター驀進時代(?)というのでしょうか、最もCDを買い、休日はクラシック音楽漬けだった日々は、社会人になり地方勤務から首都圏に戻ってきた平成5年(1993)からの5~6年だったと思います。時間があれば音楽ショップを巡っていたその頃にHMVのフリーペーパーの連載で山崎浩太郎氏を知りました。
 「はんぶる」という連載で、主に1960年のウィーンにおける演奏会の記録を様々なエピソードを織り交ぜながら紹介しているもので、当時の演奏会の雰囲気が生き生きと伝わってきて当時一番楽しみな読み物でした。クレンペラー、クンツ、グッドールの人物像など忘れられません。そのフリーペーパーをまとめて暫く保管していた筈なのですがどこかの段階で捨ててしまい、又読みたいなあと思っていたところ、この本をHMVで見つけました。

 ただ、この本はその「はんぶる」をまとめた本ではなく、山崎氏が得意とする戦前のライブ録音を中心としたディスク評論集なのですが、冒頭の「ヒストリカル私記~東京レコード店めぐり」が秀逸、個人的にこれほど興味深い文章も久しぶりで楽しめました。

 まず、山崎氏が何者かということ、あの連載がどのような経緯で始まったかということがようやく分かりました。そして、当時の音楽ショップであるHMV、WAVE、ヴァージン、タワーレコードの変遷、渋谷、六本木、新宿、池袋の街のショップ勢力図の移り変わりが山崎氏の回顧の中で語られており、当時を懐かしく思い出しました。
 それから長らく不思議に思っていたどうして海賊盤がある時期からあまり売られなくなったのかについての事情なども分かりました。当時はどのショップも独自のルートを持っていて入荷盤が違っていたので複数店を定期的に訪問しないと買い落としてしまう貴重な海賊盤があるかのように感じていました。店によってプッシュするディスクに違いがあるのは面白かったです。

 海賊盤だけでなくそれぞれのショップに今より特徴があって、ビルごとなくなりましたが六本木WAVEの1階でお香が焚かれていてジャンルを超えた不思議な企画モノのディスクが並べられていたこと(並びの青山ブックセンターと合わせて通好みの不思議な異空間を感じさせるエリアでした)、池袋のデパートに入っていた音楽ショップ(本誌によると「ディスクポート」?)で海賊盤を手に取り眺めていると「ベルリンフィルとのブルックナー8番です。発売予定だったんですがヴァントが気に入らなかったらしいんですよ。これはラジオ放送をCDにしたものです。どこが気に入らないのか分かりませんけどねえ」とかいつも話しかけてくる店員さんがいたり、今もたまに売られてますがモーツァルトのピアノ協奏曲のカデンツァで「パヤ、パヤパヤ」みたいなジャズを真面目にやってしまうCDを「抱腹絶倒、一家に1枚、絶対に買い」と勧めてあったり・・・懐かしいです。もうカラヤン、バーンスタインは死んでいましたがまだ業界に勢いがあり、聴きたいディスクばかり、お金がいくらあっても足りないという感じでした。

 そういう時代を思い出させてくれた貴重な本です。紹介されたディスクの中に聴いてみたいオペラがあったのでないだろうなと思いつつHMV、タワーレコードに行ってみましたが、その曲のコーナーには代表盤すらも置いていない状況、マイナーレーベルの戦前のライブ盤など期待すべくもない・・・仕方ないですね。欲しいディスクがマイナー系ならこれからはネット予約が確実です。

(HMVのフリーペーパーに連載されていた「ウィーン/60」は山崎氏のホームページに掲載されていました。)


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