沢木耕太郎「ポーカー・フェース」

              

 沢木耕太郎の最新エッセイ集です。帯に「『バーボン・ストリート』、『チェーン・スモーキング』、そしていま『ポーカー・フェース』。」とあったのですが、チェーン・スモーキングって随分前に読んだ記憶があるけど、これまでの間に他にエッセイ集を出していないんだろうかと首を傾げました。沢木耕太郎の作品を細かく追っているわけではないのですが、「凍」や「旅する力」などの力作を数年おきに発表していますが、日常的にはずっとエッセイをどこかの雑誌に書いているイメージがありました。自分が知らないだけで、他に5~6冊のエッセイ集があると言われてもそうなんだろうと思ったでしょう。

 どうやらチェーン・スモーキング以来のエッセイ集のようです(映画評をまとめたものはありますが、テーマ不特定の所謂エッセイでは20年以上振り?)。著書の履歴欄を読むと、2011年に初の短篇小説集を発表したとありました。フィクションを書き始めたことを読んだのも15年とか20年以上前の印象です。沢木耕太郎はかなり寡作な作家なのかもしれません。

 内容は遭遇した出来事、出会った人とのこと、読んだ本、観た映画、人から聞いた話しなどなど雑多ですが、要するに面白い逸話を繋げたものです。取っ掛かりの話しから派生していき、3つ、4つの別の面白話が語られ、最後に冒頭の話しに再び戻って鮮やかに締められる。音楽でいうとソナタ形式のような様式美もあり、リズミカルに読み通せます。これだけの活字にできる話しを繋げていくためには相当量のネタが必要だと思うのですが、行動力があり、好奇心旺盛、幅広い交流がある沢木耕太郎だからこそ書けるエッセイなのかもしれません。

 以前、新聞で「作家になってみたものの私の周りでは何も起こりません」といった内容の無名作家の自虐的な書き物を読んだことがありますが、沢木耕太郎の周りではいろんなことが起こります。バーでたまたま隣り合わせた人が有名な作詞家でそれも知らずに日本の歌謡曲の話しを始めて、その人が作詞した曲までこき下ろしてしまったなど、一例ですが普通の人の人生では起こらないことがいろいろと起こります。これは幸運な男、沢木耕太郎ならではのことでしょうか。

 収められた13編はどれも秀逸で夢中になって読めますが、読み終わってみると何の話しだったかあまり覚えていません。高峰秀子の話しがあった、10億分の1の映画、それからバカラの話し、えぇーとそれ以外は何だっけ。宴会の席でとても面白い話しを聞いた筈なんだけど翌朝内容を思い出せないのと同じでしょうか。決して記憶に残らないつまらない話しばかりと言っているのではありません。すぐには思い出せないくらいに目まぐるしく展開が早いです。

 帯の後ろに「圧倒的な清潔感と独自の美意識に溢れた、13編」とあります。確かに。圧倒的な清潔感とは上手いです。沢木耕太郎の潔さ、侠気を感じるエッセイ集で読後感はとても爽やかです。


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