想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

お立ち台の彼女

2009-06-16 15:00:15 | Weblog
雷雨のあと、樹々の間に光が射して‥‥つかのまの晴れ間にシマコが遊びに
来ています。
   (中央の若木の名はエゴの木、冗談じゃなくてホント)

 
まっすぐに縁側へやってこずに、なぜだか庭石の上にあがっておすわりしてます。
目線はこっち。
カメラを取り出すと、カメラ目線。
わたしたちが留守の時にも、シマコ姫はお立ち台で遊んでいるのかな。

森の樹々に守られて、彼女がしあわせでありますように。

幼なかった頃にも我が家には犬がいた。
父にとてもなついていた最初の犬ハチがトラックに轢かれ重症を負い、
介抱のかいなく死んでしまった後にもまた次の犬を飼った。
犬とわたしの年齢は三、四歳しか違わないので犬は今みたいにペット
とかいう役割ではなく本当に友だちだった。
友だちだから変な気は使わないし過保護にもしない。
そして犬だけでなく、床の下で生まれた子猫三匹もまた私たち三姉妹
それぞれの友だちとして家族の一員になった。
犬好きの父親と犬猫どちらも大好き姉妹のせいで、母は忙しくなるば
かりなので最初は反対するのだが、結局は母が誰よりも面倒をみてい
るのであった。

育った環境のせいなのかと思っていたが、わたしの犬好き、猫好きは
別なところに原因があるように思う。
もしも彼らが自立し好戦的で征服欲もあり、その意のままにこの世の中
を跋扈できる存在であるならば、わたしは敵意を抱いたかもしれない。
すべてがその反対で、限られたテリトリーのなかで分相応にけれども
懸命に命をつなげている存在であるところが、私に生き物として存在
の原点のようなものを見せてくれるからではないだろうか。

人の手によって、人の思惑によって命運を左右される存在であることは
非情である。それは捨て犬や捨て猫に限らず家庭でペットと呼ばれる存
在でも同じことなのだ。人に愛された分だけ、彼らは健やかである。
自然の恵みと同じように、人のおもいやりで息をしているのだ。

恵みの受け皿、器である彼らの姿がなければ、わたしは穏やかなやさしい
気持ちを引き出す時間をどのように持てばいいだろう。
利害と策略にまみれてしか生きれないならば、わたしは深呼吸をしたに
しても、眉間に深い皺を刻んで早々に老け込んでしまうしかないにちがい
ないと思うのである。

親分はこのところ中耳炎に悩まされ、オヤジみたいに大きなくしゃみを
連発し、わたしを笑わせながら心配させてくれている。
もっと早くに気づいてあげられなくて、本当に済まないことをした。
Dr.タカギが特効薬だよと処方してくれた点耳薬を耳にさしていると
パタパタと尻尾で礼を言い、ニカニカと歯を見せて笑う。
けなげである。

シマコの顎にへばりついたダニは野生なのでとってあげようがないが
それでも栄養だけはたんとつけ免疫力をあげて対処するように考え
豆アジなど買いに行く。
豆アジはパックに5尾入って185円也。シマコはそれを一日一尾食べて
三尾目を食べる頃にはダニは落ちていたので残りはわたしがから揚げに
していただいた。安上がりな愛だこと。

恵み、おもいやりというのは言葉だけ一人歩きするが、すぐそばに
人の世のあちこちで彼らはそれを体現するためにいるような気がする。
だからこそ、その逆の非情にさらされてもいる。この人の世で。
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花は正直です

2009-06-16 02:18:06 | Weblog
(手前の白いつるバラはルペンスアルバ、芳しい香りと鋭い棘が特長)

手をかけて育てた分だけ咲きます。
雨、風、土、そしてうさこの愛の分だけ、咲いて香ります。
もちょっといっぱい咲いてほしいという気持ちもあるけれど
花は正直に応えてくれているとわかっているので、これでいいです。


(後ろの写真はお気に入りのmakudecoさんの猫の写真です)


嘘は嘘とわかりますね、はい。
言い終わられる前にわかります。
世間では、嘘にもちゃんと返答する会話というのが常識として成り立っているので
うさこもそれにならって黙って聞き終えますが、イマイチ返答が遅れたりします。
ぐーっと唾をのみこむんですなあ、クセです。
そのぐーっが相手に伝わるほどではないけれど、胃に悪いようです。

このところ電話の声で胃痛です。胃腸薬を飲むほどチクチクしますので、電話にゃ
もうデンワと言って一人で怒ってます。

そこへ母上サマが電話してきて言いました。
「あんたがの、下手な梅漬けなぞ作るよりか、梅でジャムを作りなっせ。
梅ジャムば作りなっせ、一時間ばっかし煮らんといかんよ、おいしいよー、
母ちゃんはもう作ったよ、梅ジャム、おいしいよー」と、のたもうて切りました。
どさくさにまぎれて「下手な梅漬け」と言ってたなあ、と気づいたときには
話は終わっていて、母上サマの根っからの脳天気な声を久しぶりに聞いたなあと
思いました。

母は花がとても好きです。
狭い花壇にいろいろ植えて、咲いたよ咲いたよと楽しんでいます。
そうです、わたしは母に似て、本来は脳天気なのだった! むずかしい話など
苦手なのは遺伝です。嘘で固めた話など、聞けなくてもいいのであった、と
自分の処世下手なのを許す気持ちになったのでした。
正直な相手とだけ、一緒に生きていけばいいと思っています。
いいも悪いも、それしかできないのであります、はい。


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