想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

森を歩く、森の奥へ。

2009-06-20 15:09:26 | 
(花をようやくつけたマルコポーロ、
特に雪で埋もれる損な場所に植えられてるのにガンバってる)



ちょっと前に年配の知り合いの女性が村上春樹をどう思うか? と訊いてきた。
どうして? と尋ねると今話題のあっというまにミリオンセラーの小説を読もうか
どうしようかと考え中だから、と言うのだった。

「ノルウエイの森」「海辺のカフカ」「ねじまき鳥クロニクル」
どれもタイトルがいい。中身が不明なタイトルなのは新作も同じであるし。
村上春樹はみなタイトルがいいですねと言えばよかったのだが、その時はそんなことなど
思いつかず、わたしはどういえば正直以外の答えがみつかるだろうかと数十秒間考え、
そして、手に取って読まないとわからないから、人それぞれだしね感想は。
そんなありきたりで、あたりさわりのない返事しかできなかった。
もしわたしがそんな答えをされたなら、それはそうだ、そんなことは言われなくて
わかっているけど、あなたはどう思うのかと重ねて聞くだろうにアホなことであった。
だがその人は何も言わず、やっぱ止めるわ、今読んでる時代ものをもっとつっこんで
読むことにするわとだけ言い、何か思いついたような顔をしてその時は終わった。

わたしは若い頃、つまり村上春樹が華々しくデビューして世間を賑わし
「大方の書店で赤と緑の表紙が平積みにされていて圧倒された」という時代には
その赤と緑の「ノルウェイの森」にまったくもって興味を示さないままに歳を重ねてきた。
その間にこの小説家はわたしの想像以上に世間での地位を高めていったようだが、
それでもわたしは読まなかった。村上春樹チルドレンと呼ばれる世代が現役小説家になる
くらい時間がたっても読んでいないのである。
先にあげた〈大方の書店で‥‥圧倒された〉というのは、作家大江健三郎の言葉だ。
正直な人である。時代が変わったのか、世間に自分は置いて行かれるのかとその時悩みました
と続けて話していたその作家の方をわたしは好んで読んでいたし、フランスの小説と哲学と
澁澤龍彦と、それに音楽は日本人のジャズメンたちのライブを楽しんでいた。
買ったことはないので本屋で立ち読みした数分間の、一行二行くらいの文章で感じたことは
わかりやすすぎてテレビドラマを観るようだ、ということだったろうか。
これを批判と受取られると困るので言わなかったような気もする。なぜならばこの作家の
持てる力の全てを知ったかぶりで言うのはいやだからだ。
村上春樹はまだ若いのである。まだ、だと思う。



読むべき年齢の時に読む本というのがある。
村上春樹はまだ何も知らない思春期から学生、それから社会に出たばかりの成熟には遠い
迷う年齢の頃なら読める気がする。これといった自分の趣味を決めかねているような年齢。
そういえば甥っ子に村上春樹をどう思う? と訊かれたっけ。彼は高校生だった。
読むなと即答したのだったが、それはちょっと乱暴だった気もする。
しかし、他にも読むべきものはある。読めるものよりも読むべきものを読んだほうが
限られた時間を費やすのだから、よほどいいのではないかと思う気持ちに今もかわりはない。
そして古本屋で入手した旧仮名遣いの夏目漱石全集の普及版を送ってやったが、彼から
わたしの母の手へ渡り、わたしは母から感想を聞いただけである。
母は漱石の「こころ」を読んで面白い感想を伝えてきた。
「こんひとは困ったひとだね、かあちゃんはそう思う」わたしもそう思うと答えた。
母は全集を大事に読んでくれたし、ひととき充実した時間を過ごしてくれたのをわたしは
嬉しかった。

小説家にはいろいろなタイプがあるので、善し悪しなどはない。読者が何を求め何を好むか
によって手にとるものが違うということだ。音楽と同じで娯楽であるかぎりそうなのだ。
小説にある恋愛や生死の物語より手ひどく苦しんだり悩んだりして生きている人はその物語
の中に入っていくことはなく、入口で引き返すのはもっともなことなのだ。
小説を読むということはその文章の森へ足を踏み入れ、樹々の匂いや無数の茂る葉音を
聴き、そこに吹く風に身をゆだねることなのだから。



そういえば「朗読者」(ベルンハルト・シュリンク著)が「愛を読むひと」というタイトルで
映画になったそうだから観にいこうかと思う。原作は文体の美しさとストーリーの
重さに打ちのめされるほど感動し考えさせられ、三度読んだ。
ドイツの深い森を歩いた時間だった。
あの深くて悲しすぎる愛と人生の不条理をどう描いているか楽しみである。




コメント
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