暑い暑い夏の昼下がり、公園前のバス停で汗を拭きながら次のバスを待っていると、アスファルトの熱反射のためでしょうか、あたりの風景が揺れ動いて見えます。そんな茹だるような暑さの中、何気なく木々の梢に目をやると、深い緑と真っ青な空のコントラストが美しく、身も心も空の向こうに吸い込まれていくような、そんな錯覚に襲われました。
......鬱蒼と茂る木々の向こうに見える真っ青な空、そこに舞う数羽のカモメの姿。熱い砂の地道を潮風に誘われるがままに歩いていくと、急に視界が広がり、海の水平線が現れました。私が初めて見た海の景色です。幼い頃、従兄弟の家に遊びに行って見た大社の浜の風景でした。......梢の一画をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていたら、運転手さんが乗るのか乗らないのかと怪訝そうに見つめていることに気づいて、慌ててバスに飛び乗りました。現実世界と心象世界を彷徨う、なんとも反応が鈍くなってきたものです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/e7/d37c4cdf4b8a3aa7c0246488aa83f7e9.jpg)
そうそう、裏庭の出窓に日よけにと無花果の樹を植えていますが、今夏はたくさんの実がついています。その根元に茂るミョウガの茎下には小さな花を付けているミョウガの子どもが顔をのぞかせています。その何個かを摘まんで、素麺の出汁に乗せて食すると、独特の風味が楽しめます。昔懐かしい夏の香りです。でも、ミョウガを食べると物忘れがひどくなると、昔聞いたことがあります。根も葉もない出鱈目な話なんでしょうが、最近、物忘れがひどくなってきましたから、ご用心ご用心。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/06/b779973376245968f7786198fb85561e.jpg)
歳をとってからの誕生日は、子どもの頃のように前のめりになることはなく、どちらかと言えば過去と現在そして未来につながる流れの中に自らを置き考えることになります。でも、時々、遠い昔の原風景が走馬灯のように浮かんでは消えていくのは、歳のせいなのでしょうか。
先日、本屋さんで写真集「昭和の大阪」(産経新聞社)が目に留まりました。そこには、昭和の20年から50年の間の大阪の街の風景写真が載っていました。幼稚園の頃、だから昭和30年頃でしょうか、私は母親に連れられて、初めて大阪を訪れました。当時、東京本社から大阪支社に転勤していた父親に会うためでした。両親と一緒に宝塚の遊園地で遊んだこと、そこで初めて大きな象を見たこと、父の社宅で若いお手伝いさんに遊んでもらったこと、などをぼんやりと覚えています。
記憶が定かでないのは、道の真ん中を電車(市電)が走っていた広々とした街の風景です。道路の向こう側がずいぶん遠くに見えましたが、そこがいったいどこだったのか、今も思い出せません。写真集をみると、昭和30年当時の大阪駅前も、戦後の復興もあって広い道が通っていたようですから、ひょっとしたらその界隈だったかもしれません。田舎から出てきて大都会の風景を目の当たりした幼い子どもの目には、何もかもが広く大きく見えたのかもしれません。
当時の思い出のもうひとつは、街の「匂い」でした。これは食の都・大阪だからでしょうか。様々な食材の匂いが混ざったような独特の匂いが記憶のなかにうっすらと残っています。この歳になって、時々大阪の街を歩いていると、当時の匂いに近いものをふと感じて立ち止まることがありますが、それが具体的になんの匂いだったのかは今もわかりません。60年ほど前の記憶が、時々頭をよぎる、そんな夏を過ごしています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/93/b54877003fa6bf7d7d1058ce4d3c0aa5.jpg)
ところで、お盆休みには、久しぶりに「エアチェック」なるものをしました。NHKFMで13日から4日間にわたって放送された『グレン・グールド変奏曲 ~名盤を通して知る大ピアニスト~』です。ことし没後30年、生誕80年を迎えたグールドの遺した録音を多角的に紹介しようという番組で、音楽評論家の満津岡信育さんにピアニストの仲道育代さんがゲストとしてお話しになりました。「第1変奏~変人グールド、かっこいいグールド、グールドってどんな人?~」、「第2変奏~コンサートは死んだ~」、「第3変奏~グールドはロマンチスト?~」、そして「第4変奏~バッハを愛したグールド グールドの魅力~」の4部作ですが、グールドの足跡を音楽とともに振り返るには楽しい番組でした。
昔のようにエアチェック機器を整えているわけではありませんので、手許のデジタルラジオで予約録音しました。1回の録音が1時間55分、その4倍の音楽データが揃ったことになります。昔はオープンリールやカセットテープに録音していましたが、今は小さなSDカードになんなく収まってしまいます。それをステレオに繋いで聴きます。デジタルプレイヤーにデータをコピーして、移動中の車中でぼんやり聴くこともできます。便利な世の中になったものです。
......鬱蒼と茂る木々の向こうに見える真っ青な空、そこに舞う数羽のカモメの姿。熱い砂の地道を潮風に誘われるがままに歩いていくと、急に視界が広がり、海の水平線が現れました。私が初めて見た海の景色です。幼い頃、従兄弟の家に遊びに行って見た大社の浜の風景でした。......梢の一画をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていたら、運転手さんが乗るのか乗らないのかと怪訝そうに見つめていることに気づいて、慌ててバスに飛び乗りました。現実世界と心象世界を彷徨う、なんとも反応が鈍くなってきたものです。
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そうそう、裏庭の出窓に日よけにと無花果の樹を植えていますが、今夏はたくさんの実がついています。その根元に茂るミョウガの茎下には小さな花を付けているミョウガの子どもが顔をのぞかせています。その何個かを摘まんで、素麺の出汁に乗せて食すると、独特の風味が楽しめます。昔懐かしい夏の香りです。でも、ミョウガを食べると物忘れがひどくなると、昔聞いたことがあります。根も葉もない出鱈目な話なんでしょうが、最近、物忘れがひどくなってきましたから、ご用心ご用心。
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歳をとってからの誕生日は、子どもの頃のように前のめりになることはなく、どちらかと言えば過去と現在そして未来につながる流れの中に自らを置き考えることになります。でも、時々、遠い昔の原風景が走馬灯のように浮かんでは消えていくのは、歳のせいなのでしょうか。
先日、本屋さんで写真集「昭和の大阪」(産経新聞社)が目に留まりました。そこには、昭和の20年から50年の間の大阪の街の風景写真が載っていました。幼稚園の頃、だから昭和30年頃でしょうか、私は母親に連れられて、初めて大阪を訪れました。当時、東京本社から大阪支社に転勤していた父親に会うためでした。両親と一緒に宝塚の遊園地で遊んだこと、そこで初めて大きな象を見たこと、父の社宅で若いお手伝いさんに遊んでもらったこと、などをぼんやりと覚えています。
記憶が定かでないのは、道の真ん中を電車(市電)が走っていた広々とした街の風景です。道路の向こう側がずいぶん遠くに見えましたが、そこがいったいどこだったのか、今も思い出せません。写真集をみると、昭和30年当時の大阪駅前も、戦後の復興もあって広い道が通っていたようですから、ひょっとしたらその界隈だったかもしれません。田舎から出てきて大都会の風景を目の当たりした幼い子どもの目には、何もかもが広く大きく見えたのかもしれません。
当時の思い出のもうひとつは、街の「匂い」でした。これは食の都・大阪だからでしょうか。様々な食材の匂いが混ざったような独特の匂いが記憶のなかにうっすらと残っています。この歳になって、時々大阪の街を歩いていると、当時の匂いに近いものをふと感じて立ち止まることがありますが、それが具体的になんの匂いだったのかは今もわかりません。60年ほど前の記憶が、時々頭をよぎる、そんな夏を過ごしています。
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ところで、お盆休みには、久しぶりに「エアチェック」なるものをしました。NHKFMで13日から4日間にわたって放送された『グレン・グールド変奏曲 ~名盤を通して知る大ピアニスト~』です。ことし没後30年、生誕80年を迎えたグールドの遺した録音を多角的に紹介しようという番組で、音楽評論家の満津岡信育さんにピアニストの仲道育代さんがゲストとしてお話しになりました。「第1変奏~変人グールド、かっこいいグールド、グールドってどんな人?~」、「第2変奏~コンサートは死んだ~」、「第3変奏~グールドはロマンチスト?~」、そして「第4変奏~バッハを愛したグールド グールドの魅力~」の4部作ですが、グールドの足跡を音楽とともに振り返るには楽しい番組でした。
昔のようにエアチェック機器を整えているわけではありませんので、手許のデジタルラジオで予約録音しました。1回の録音が1時間55分、その4倍の音楽データが揃ったことになります。昔はオープンリールやカセットテープに録音していましたが、今は小さなSDカードになんなく収まってしまいます。それをステレオに繋いで聴きます。デジタルプレイヤーにデータをコピーして、移動中の車中でぼんやり聴くこともできます。便利な世の中になったものです。