森友学園の籠池理事長に関するTVニュースを見ながら、長い仕事人生にはこうした海千山千の危なっかしい人もいたなあという思いを強くしますが、朝から晩まで一人の人物に振り回された日々が続き、なにかしら疲労感のようなものが漂います。 そんな週末の夜は、気分転換にLPレコードでも楽しみましょう。レコード棚から取り出したのは、エリー・アーメリンクが歌うフォーレ(1845~1924年)の「歌曲集」です。ユゴー、リール、レニエ、マサン、ヴェルレーヌなどの詩を基にした小品を散りばめたもので、ジャケットには「抒情の清冽さにおいてはモーツァルトのそれよりもしなやかであり、南国的である」との記述があります。
フォーレとの出会いは、なんといっても「レクイエム」です。40数年も前のこと、母が亡くなった頃によく聴きました。手許の「大音楽家の肖像と生涯」(音楽之友社)によれば、レクイエムを発表後、疲れ果てたフォーレは、パリを離れてヴェネツィアに行きます。そこで素晴らしい風景の中に身を置き、再び創作意欲を取り戻しました。人はやはり、置かれている環境、つまり風景の影響を受けながら成長していくんでしょう。フォーレは3冊の歌曲集と5冊の歌曲連編を遺しました。 フォーレのレコードを手にしたのには訳があります。カレッジの音楽講座です。今回のテーマは「舟歌と子守唄」でした。音大の先生にソプラノ歌手とピアノ奏者を交えて、大学の音楽教室で午前と午後に分けて4時間にわたって楽しい時間を過ごしました。
ゴンドラの船頭が櫂を漕ぎつつ歌う8分の6拍子の穏やかなリズムが、水の都ヴェネツィアを想起させます。いろんなお話しをお聞きしたあと、メンデルスゾーンやショパンの舟歌を聴きました。授業は舟歌から子守唄に展開していきます。フォーレの「ゆりかご」「子守唄」、ショパンの「子守唄」、そしてスーク、ムソルグスキー。さらにはストラヴィンスキー、トスティ、チャイコフスキー.....。この音楽講座の先生方と若手奏者の方々に惹かれて、来月からは別途課外講座を受講することにしました。
快いメロディに誘われてもう一枚取り出したのは、アーメリンクが歌うモーツアルトの「アリアと歌曲集」です。先生がおっしゃっていましたが、私たちがよく知っている「モーツァルトの子守唄」は、実はモーツアルトの作品ではなく、フリースという作曲家の作品なんだとか。近年発見された文献で分かったのだそうです。だからといって、この曲の価値が下がるわけではありません。
ここで話はがらりと変わります。先日、「街歩き」のプレ企画として、JR甲子園口から徒歩10分ほどのところにある旧甲子園ホテルに行ってきました。昭和5年に竣工したライト式建築で、「東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル」と並び称されるほど当時脚光を浴びたホテルです。残念ながら第二次世界大戦で海軍病院として収用され、終戦後は進駐軍の将校宿舎として使用されたため、実際にホテルとして使用されたのはわずか10数年ほどだったようです。アールディコ文様の壁面彫刻やら特徴的なオーナメントなど、至る所に設計者の思いが詰まった素晴らしい建築物でした。この建物は現在、武庫川学院に引き継がれ、建築を学ぶ学生たちの学舎の一部として今も使われています。そんな空間で学ぶ学生たちを羨ましく思いました。来月は、以前下見をした北浜・船場界隈を歩く企画を準備中です。 まだまだ知らない世界はたくさんあります。いつも歩いている街でさえ、少し視点を変えれば別の素顔が見えてきます。そんな風景の中に身をおいて、まだひんやりとはしますが、春の穏やかな微風を肌で感じながら歩く楽しさ。沈丁花の香りが漂うなか、お目覚めになったばかりの鶯の囀りに耳を澄ませ、あっちに行ったりこっちに行ったり。
そうそう、近所の本屋さんで、こんな本を見つけました。「日帰り歩く旅(関西版)」(京阪神エルマガジン社)。道、日本文化、名宝、歴史、名建築などテーマごとにモデルコースが紹介されています。 暖かい春の陽に誘われて、アーメリンクの歌声をポケットに忍ばせ、ぶらりウォーキングにでかける日も遠くはなさそうです。
注:トップの写真は、旧甲子園ホテルにあったかつてのバー(?)の床です。いろいろな色と形のタイルが、当時の華やかさを微かに伝えています。