仙台育英は初めて白河の関を越えて優勝旗を宮城県にもたらした。
東北初の優勝だ。
東北出身の私も感動した。
1971年、小さな大投手と称賛された田村投手を擁する福島県立磐城高校が準優勝した。
当時もすでに強豪は私立が多かったが
進学校である公立校が決勝戦まで行ったことは全国的な話題となった。
決勝戦では横浜桐蔭に1対0で惜敗した。
地元いわき(平)での凱旋パレードを見に行ったとき
中学時代の野球部仲間が車の上から弟を見つけて
身を乗り出して握手を求めてきた。
弟はそれに応えて健闘をたたえた。
そのようなシーンがよみがえり、胸が熱くなる。
私にとっても忘れられない夏であった。
当時のアナウンサーは
「優勝旗は果たして利根川を越えられるでしょうか?」と語った。
磐城の場合は優勝しても利根川越えだったわけだ。
茨城もまだ優勝していなかったから。
ちなみに磐城の場合は白河の関というよりは勿来の関越えとなる。
今年は白河の関越えが話題となったが
もし聖光学院が優勝したとしても白河の関越えとなったわけだ。
いずれにしても東北勢はよくがんばった


健闘をたたえたい。