rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

2年目の3月11日14時46分

2013-03-11 15:47:47 | 随想たち
大地がゆっさゆさと大きくうねり続けていたあの日、ただ地面にしがみついていた。
生きてはいるけれど、これで終わってしまうかもしれないと漠然とした恐怖に足元が浮いているような感じがしていた。
黒い雲が空を覆い雷鳴が鳴ると、さらなる絶望感が襲ってきた。

あれから、もう2年。
被害の大きい地域は、いまだに被害の爪あとが深く残っている。
いまだ復興は、遅々として進んでいない。

いつどこで、どのような規模で起こるか分からない天災を、避けることはできない。
それを恐れているだけでは生きていけないけれど、過去の痕跡、言い伝えや古文書などの記録、科学的調査などを複合して、減災に努める国づくり街づくりをしなくてはならない生き残ったものの重大な責務だ。
そうでなければ、天災での被害者がまた数多く発生してしまうだろう。

復興とは、もとあった街を再現するためではなく、災害に遭い難い街を造り、安心して人々が働き生活できる場を作ることにあるのだと思う。
それには、住み慣れたところに戻れるという保障はつかない。
何年後、何十年後か知れないけれど、再び遅い来る天災で同じような被害を生むかもしれないからだ。
自分の気持ちだけではない、未来の人のことも考え合わせないと、減災には結びつかない。

次の3月11日には、どのような状況になっているか心配だ。
今とほぼ変わらないようであれば、我々は、災害によって命を落とした方々に顔向けできない愚か者といえるだろう。
それは、政治家や霞ヶ関の責任ばかりではないのだ。