ようやく三日目に学校は再開された。
幸子は筋向いの佳子ちゃんといっしょに先に行く。
出かけるときに、ちょっとしたドラマがあった。
「おはようございます」
トイレに行こうと廊下に出たところで、玄関に立っている佳子ちゃんと目が合った。
「おはよう……」
「あの、はっきりしときたいんやけど」
「は?」
「お兄ちゃんのことは、なんて呼んだらええのかしら?」
「あ……なんとでも」
「お兄ちゃん……はサッチャンの言い方やし。ウチが言うたら、なんやコンビニのニイチャン呼んでるみたいやし、お兄さんは、なんかヨソヨソしいし……」
「そのときそのときでいいんじゃない」
幸子が割って入った。
「そやかて……」
「なんなら、太一さ~んとか呼んでみる」
「いや~そんな恋人みたいな呼び方(n*´ω`*n)」
「じゃ、いっそ恋人になっちゃえばいいじゃん!」
「「へ!?」」
プ
びっくりして……オナラが出てしまった。
十分遅れて家を出た。でも、なんとか遅刻せずにすむだろう。しかし、朝から佳子ちゃんの前でオナラ……なんだか、ついていない一日になりそう予感がした。
予感は的中した。
「佐伯太一君だよね?」
懐から定期を出そうとして声を掛けられた。実直そうな公務員風のオジサンと、その後ろに娘とおぼしき女の子が立っていた。女の子は真田山の隣の大阪フェリペの制服を着ていた。AKRの矢頭萌に似たカワイイ子で、そっちの方に目がとられた。
「申し訳ないが、一時間ほど時間をいただけないかな」
「あ、でも学校が……」
「……こういうものなんだが」
出された警察のIDみたいなものには「甲殻機動隊副長・里中源一」と書かれていた。
「お願い、太一さん……」
フェリペが切なそうな声で頭を下げる。ホワっとシャンプーの香り……こいつは破壊的だ!
「娘のねねだ。学校には、役所の名前で公欠扱いにしてもらう」
俺は、公欠ではなく、ねねちゃんの「太一さん」と香りに頷かされた。
それは、一見どこにでもあるセダンだった。
ただ、ドアを開けたとき、ドアが分厚いのが気にかかった。
「これは甲殻機動隊の機動車でね、超セラミック複合装甲で、対戦車砲の直撃にも耐えられる。サイバー防御も完ぺきで、ここでの会話は、アナログでもデジタルでも絶対に漏れない」
「は……で、お話は?」
俺は、後部座席の横に座ったねねちゃんの温もりでときめいていた。
「幸子ちゃんのことだよ」
「幸子の?」
「ああ、君も知っているだろうが、あの子の体は義体だ。それも特別製のな」
幸子のことを知っている……一瞬警戒したが、すっとぼけられるほど器用ではない。
一呼吸置いて、素直に質問した。
「どう特別なんですか?」
「義体とは、機械のボディーに生体組織を持ったロボットやサイボーグのことだ。技術はパラレルの向こうの世界のものだ」
「それは知ってます」
「あの子の義体は予測のつかない進化をし始めている」
「それも、なんとなく感じています。ちょっと怖ろしいぐらいです」
「そうなんだ……」
ねねちゃんがため息をついた。いい香りが増幅されて目がくらみそうになった。
「あの子の頭脳もそうだ。数パーセント残った神経細胞が頭脳を急速に発達させている。夕べ、向こうの幸子ちゃんと入れ違っただろう」
「……そんなことまで知ってるんですか?」
「ああ、君たちのことは二十四時間監視している。今朝、佳子ちゃんの前で屁が出たこともな」
「え!?」
「フフ……」
ねねちゃんが笑った。可愛さのオーラが車内に満ちあふれた。
ねねちゃんが居なければ、オッサンの威圧的な雰囲気には耐えられないだろう。
「幸子ちゃんが入れ替わったのも、あの子がやったことだ。正直予想以上の進歩だ」
「あれ、幸子がやったんですか!?」
「ああ、無意識でな。理由は分からんが、あの子の頭脳が必要と判断したんだろう……話は前後するが、我々はグノーシスだ」
「え……」
「甲殻機動隊は、こちらの世界のグノーシスのガーディアンだ。ムツカシイ理屈は後回し。幸子ちゃんは、両方の世界にとって、非常に大事な存在なんだ」
ねねちゃんが、ボクの顔を見て真剣な顔で頷いた。
「両方の世界で科学技術の進歩と人間の心のバランスが崩れ始めてる。新潟に原爆が落とされたことなんかが、その例だ。こっちの世界じゃ、極東戦争とかな」
「ああ……」
「君のお父さんが、営業から外れていたことの理由も、ここにある」
「え……?」
「お父さんは、自分の会社が戦争に絡んで儲けているのに抵抗があったんだ。対馬の戦闘はお父さんの企業が絡んで起こったものだ。まあ、あれで日本は勝利できたんで、評価は分かれるとこだがな」
愕然とした。お父さんは、単に営業に向いていないから外れたんじゃないんだ。
「向こうの世界じゃ、今それが起ころうとしている。俺たちグノーシスの主流は、密に交流しあうことで、互いに健全な発展を図っているんだ」
「それと幸子と、どう関係があるんですか?」
「幸子ちゃんの頭脳は、成長すれば、世界中のCPにアクセスし、争いを回避させる潜在能力がある」
「CPだけじゃないわ、人の心にも働きかける力があるかも……」
ねねちゃんが、熱い眼差しで呟いた。
「それは、まだ仮説中の仮説だがね……グノーシスの中には違う説を言う者もいる。そいつらが幸子ちゃん無しで、パラレルな世界が個別に発展した方がいいと考え、幸子ちゃんの抹殺を企んでる」
「こないだの美シリ三姉妹の飛行機事故……」
「そう、我々も極秘でガードさせてもらうが、君もよろしく頼むよ」
「……はい」
「幸子ちゃんが、その力を持つのは、ニュートラルで君に自然な感情が示せるようになった時だ」
そのとき、車が勝手に走り出した。
里中さんもねねちゃんも、左側に倒れ込んだ。ねねちゃんは俺の方をを向いていたので、もろに体が被さってきて、俺は右半身で、ねねちゃんの胸のフクラミを受け止めてしまった!
ドッカーーーーーーン!!
車が走り出した直後、それまで車を停めていた路面が大爆発した。
『ガス管の亀裂を感知したので回避しました』車が喋った。
「それ、先に言ってくれ」里中さんがぼやく。
『回避を優先しました。悪しからず』
「ガス会社のPCにリンクして、事故の原因を精査」
『了解、多分AGRでしょう』
「AGRって?」
「グノーシスの反主流派。多分、痕跡も残ってないでしょうけど」
「ねねちゃん、その声……?」
「フフ、ばれちゃった?」
「ハンス……か?」
「こちらの世界に来たときの義体」
「ええ!」
鳥肌がたった。
「なによ、こないだ見たハンスも義体よ」
「性別含めて、オレにも分からん。ただ、こっちの世界じゃ、オレの娘ということになってる」
「よろしくお願いします」
ハンス? ねねちゃんは元のかわいい声に戻って、にっこりした。
車から降りると、ガス爆発で飛行機事故以上の大騒ぎになっていた……。
※ 主な登場人物
- 佐伯 太一 真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
- 佐伯 幸子 真田山高校一年演劇部
- 父
- 母
- 大村 佳子 筋向いの真田山高校一年生
- 大村 優子 佳子の妹(6歳)
- 学校の人たち 倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音) 健三(軽音)