せやさかい・188
留美ちゃんのお母さんは七日間コロナと戦った。
自発呼吸もでけへんようになって人工呼吸器。これがお年寄りやったら命が無いとこや。
せやけど、留美ちゃんのお母さんは、まだ四十代やったんで、命は助かった。
せやけど、意識が戻ってこーへん。
主治医の先生は『脳の一部が機能を失ってる、見込みがないわけではないが、時間がかかるかもしれない』と防護服を着てアクリルのバリヤー越しに説明しはったらしい。
「うちに来てもらい!」
わたしの説明を聞くと、テイ兄ちゃんは一言で結論を出した。
「せやけど……」
「中二の女の子が背負うには重すぎる。さいわい、うちは間数だけは多い。文芸部でも使てたし、馴染みやすいやろ」
そこまで言うと、すぐに家族全員を本堂の阿弥陀さんの前に集めて話を決めてしもた。
「ほんなら、すぐに迎えにいこ」
あっという間に車を出して、あたしを助手席に座らせた。
「いちおう、とりあえずいうことにしとこ」
「うん」
「いつまでも居てもろてええねんけど、留美ちゃん遠慮するやろ。あ、連絡したか?」
「あ!?」
慌ててスマホを出してメールを打つ。
「せや」
「お、頼子さんにも打つんか(^▽^)」
「先輩やさかいね……って、すけべな顔せんとって」
「してへんしてへん(;'∀')」
テイ兄ちゃんは、坊主にしては軽すぎる。本堂裏のうちらの部室にもしょっちゅう顔出すし、なにかっちゅうと、車に乗せてあちこち連れ出される。頼子さんが目当てらしいねんけど、露骨にひいきもでけへんので、うちら文芸部がダシに使われるんやろけど、ダシやいう気楽さが、この場合役に立つと思う。
「え、お兄さんまで……」
テイ兄ちゃんが来るとまではメールに書いてなかったんで、玄関を開けた留美ちゃんはビックリした。
「とりあえず要るもん持ってうちにおいで」
「おいでって……」
案の定、留美ちゃんは尻込みする。
「遠慮なんかせんとき、留美ちゃんに来てもらわんと、うちのもんは、家の事も寺の事も手につかん。頼子さんかて……」
テイ兄ちゃんが、そこまで言うと、うちのスマホが鳴った。
「あ、頼子先輩!」
『さくら、わたしも車で向かってるところだから、え? 留美ちゃんちに居るの? ちょっと代わって』
「代わってやて」
『留美ちゃん、さっさと行かなきゃダメよ。わたしが行くまでにさくらんちに行ってること。王女様を待たせたら不敬罪ですよ!』
「は、はい」
わたしらだけやったら説得に半日かかったかもしれへんけど、プリンセスの一言は圧倒的やった。
ヨーロッパや日本に王制や皇室が残ってる意味を実感した。