大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

やくもあやかし物語2・060『織姫』

2024-07-19 10:43:19 | カントリーロード
くもやかし物語 2
060『織姫』 




 あ、ちょ……ヤバイかも……


 視界が開けると、とたんにネルはしゃがみ込んでしまったよ。

「転移魔法、やっぱハンパないわ……ちょっと手を握ってくれる。このままだと消えてしまいそうだし……」

「う、うん。無理させてごめんね」

「まだ天の川を渡ったところだからな、ここで戻るわけにはいかないさ」

「ネルはわたしに任せろ、やくもは織姫に花を」

「え、あ、でも……」

「大丈夫、こうしているから」

 御息所はネルの手の平に寝そべって、両腕で親指にしがみついて頬っぺたをスリスリしている。ネルの顔も穏やかだし、わたしは織姫を探したよ。

 やわらかく起伏したお花畑を少し行くと、花々に埋もれるようにしてしゃがんでいる織姫を見つけた。

「織姫さんですね?」

「あなたは?」

「はい、斎藤やくもって言います。川向うの蒲生野で額田王さんにお花を頼まれまして、届けに参りました」

「そう、額田王さんから……どうもありがとう斎藤さん」

「どういたしまして(^_^;)、あ、やくもでいいです」

「そう。ではやくもさん。こちらには、どうやって……彦星さんでも年に一度しか渡ることができないのに」

「はい、連れの者が転移魔法で運んでくれました」

「まあ、転移魔法!?」

「あ、ちょっと無理な魔法だったんで向こうで休ませてます」

「そう……ひょっとして、向こう岸で役人たちと言い合っていた?」

「え、あ、見ていたんですか(^〇^;)」

「うん、でもすごいわね。転移魔法ってとっても難しい魔法だし、一度は行ったところでなきゃ転移できないはずよ」

「向こう岸から見えていたし、それに、ずいぶん無理をしたんだと思います」

「そう、嬉しいわ……このお花、すごい恋の想いが籠ってるわ」

「ああ……」

「「あかねさす~紫野行き標野行き~野守は見ずや君が袖振るぅ~」」

 おもわず二人でハモッてしまった。

「返歌は、こうよ。紫の~にほえる妹を~憎く有らば~人妻ゆえに我恋ひめやも~」

「え……それって……」

 古典は苦手なわたしだけど、おおよその意味は分かるよ。

 君のことは大好きだけども、人妻だから好きになっちゃいけないんだ(-_-;)

 そんな感じの歌だよ。

「そうねぇ、おまけに恋敵は実の兄だし」

「そうですね、お兄さんは天智天皇、弟は天武天皇ですね」

「そうよ、二人で恋のさや当て。ちょっと危なかったと思うわ」

「天皇さまのお身内で、こんな恋のトラブルなんて大丈夫だったんですか?」

「フフ、まあ、この二つの歌は兄の天智天皇が正式に額田さんを妃にした後、宴会の席で詠まれた歌だからね」

「アハハ、でも、ちょっと際どいような(^_^;)」

「そうね、結婚式で新婦が『デートの時に、弟があなたに分からないように手を振ったのよぉ!』ってバクロして、新郎の弟も『オレ、実は兄ちゃんの嫁さん好きだったんだぜぇ!』って宣言してるんだもんね」

「そうなんだ」

「ちょっと違うわ『今でも好きだぜぇ!』だもの」

「あ、そうか、めちゃヤバイ!」

「「アハハハハ」」

 織姫さんは人の恋にも詳しいみたいだよ。

 額田王さんも、こうやって川向うの同類さんを励ましてるんだね。

「でもね……」

 飛んできたチョウチョを肩に憩わせながら話を続ける織姫さん。

「でも?」

「ほんとのほんとは、お兄さんであり旦那である天智天皇への警告というかあてこすりというか」

「あてこすりですか?」

「実は、天智天皇にはもう一人いたの、間人皇女(はしひとのひめみこ)というお妃が」

「ハシヒトノヒメミコ?」

「ええ……あ、そうか……額田さんは、これをわたしに託したんだ」

「え?」

「この先、間人皇女が立ちふさがるかも……意地悪をされるかもしれないけど、けして……その、やっつけ斃してしまおうとはしないでね」

「あ、えと……」

 今まで、妖にしろ悪霊にしろ滅ぼしたことはないけど、まだまだ知らないのがいっぱいいるから、言い切れない。

「そうだ、お礼を兼ねて、この花を上げるわ」

 プチ

 足元の白い花を摘んで手渡してくれる。

 え?

 よく見ると、その花は織姫さんの足首から生えている。

 ううん、織姫さんの体のあちこちから茎や根が伸びて地面に繋がってる。

「そろそろ時間ね。わたし、彦星さんと逢ったら花になって一年を過ごすの。いただいたお花も紫色に変わってきたし……わたしって白一色の花だから、とっても素敵よ。どうか気を付けて旅を続けてくださいな……」

 そこまで言うと、織姫さんは目を閉じて白い花に変わっていったよ。



☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの  ブラウニー(家事妖精) プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖) 額田王 織姫

 

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