大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真凡プレジデント・89《峠を越えて》

2021-05-21 06:20:02 | 小説3

レジデント・88

《峠を越えて》     

 

 

 

 戦車は一両もいないだろ。

 

 先生に言われて振り返る。

 たしかに迷彩塗装のいかつい車ばっかしなんだけど、大砲とか機関銃が付いた車両は一つも居なかった。

「キャタピラ履いてるのもいないだろ」

 琢磨先輩が付け加える。たしかに4WDとか6WDの車両ばかりなんだけど、キャタピラのは居ない。

「日本じゃ、キャタピラとか大砲積んだやつは許可が無いと一般道は走れないからね……ほら、これがアメリカのサバゲーマニアだよ」

 琢磨先輩がスマホで見せてくれた画面には、アメリカの道路を何両もの戦車が隊列を組んで走っている。

 それに比べれば、この車列は大人しく見える。

「これでツーリングとかしたら、カッコいいよね!」

「旅行なら使わないよ。このハンビーでもリッター八キロしか走らないからね」

 なつきの提案は、あっさり却下された。

 

 二回インターチェンジで休憩して、一般道に下りて峠を越したところで被災地が目に入ってきた。

 道路は、とたんにガタガタになってきて、ハンビーはグニャグニャ揺れながら走る。まだ、流れ出た土砂が取り切れていないで、道路の整備が完全じゃないんだ。

 横っちょを鉄道が走ってるんだけど、横目で見ても分かるくらいにレールが赤さびている。

 まだ電車は走ってないんだ……すると、渓谷に隔てられ鉄路との距離が開いて分かった。車が通っているほうの一般道はまだましだけど、鉄路の方は数百メートルにわたって、土手ごと削られていて、一般道といっしょに川を渡っている所では、鉄橋が土台を残して流されていた。

「鉄橋の復旧は年が明けることになりそうだよ」

 藤田先生がポツリと言った。

 

 もう一つ峠を越えたところで景色が開けた。

 被災地は盆地になっていて、遠目にも、宅地や田畑があちこちで皮を剥いだように土気色になり、川の堤防があったあたりは白や黒の土嚢が積まれていて、いかにも傷跡だ。

 水害から一か月もたって、もう少しはましになっているとボンヤリ思っていたけど、認識を新たにした。

 ツーリングのノリのなつきも唇を噛み、ほかの執行部員も神妙な表情だ。

 

「藤田先生、ありがとうございま~す(^▽^)」

 

 地元の小母さんたちが待ってくれていて、思いのほかの明るさで出迎えてくださった。

「すみません、一週遅れてしまって」

 ハンビーから降りると、藤田先生やサバゲーのみなさんはペコペコと頭を下げた。

「いいえいいえ、わたしらも少しは頑張ったで、峠を越えてだいぶようなりました」

 年かさの小母さんが元気に言うと、ほかの被災地のみなさんも穏やかに頷かれる。

 わたしたちには、衝撃的な被災地に見えるけど、地元の皆さんに言わせれば、うんと回復した状況なんだ。社交辞令的に「まだまだ大変そうですね」なんて言葉を用意していたんだけど、みんな口をつぐんで頷くしかなかった。

「いや、それは困ります」「もう、何度も来てもらってるんだから」「そうそう」「でも」という応酬が聞こえてきた。

 村の真ん中にあるお寺の修復が完了したので、ボランティアはお寺の本堂に泊って欲しいというのが地元の希望なのだった……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号

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