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それはいきなりだった。
いきなりって、スマホの着信なんて、いつでも誰でもいきなりなんだけど、フェブのそれは、いつもいきなりって気がする。
それは、ボクが、なによりも誰よりもフェブのメールを待ちわびているせいかもしれない。
フェブと出会ったのは、節分の夕方。
帰宅部のボクは、ダラダラと教室でユイたちととりとめのない話をして、ゲンが「腹減った!」とお腹の虫といっしょに叫んだのを汐に、やっと帰ることにして、そして駅の改札で上りホームのゲンたちと別れた。
下りはオレとユイの二人だ。
ユイとは一年から同じクラスで、二年になってから、クラスで一番気の合うカノジョだ。
「いつまでもバカやってちゃダメだね」
ユイが、待合室のガラスに写るボクに言った。
「そう……だな」
あいまいに返事した。
帰宅部の半分くらいが進級が危ぶまれている。実際一年の時の帰宅部の半分が二年になれなかった。
この会話は儀式みたいなもんだ。
二年になっても三回目は言ってる。
そう誓っては、その次のテストでは赤点だらけ。で、傷の舐めあいみたく放課後遅くまで残って、くだらない話をして時間を潰す。たまにみんなでカラオケとか行くけど、それ以上の付き合いなんかじゃない。
よくわかっている。
ユイもボクの事をカレだと思ってくれているけど、一年の学年末テストの前にキスのまね事をしただけだ。本当に男と女の関係になったやつもいたけど、二年になった時には学校にはいなかった。
ボクたちは、高校生のまね事をやっているだけなのかもしれない。だから、ユイもガラスに写ったボクにしか言わないし、ボクもいいかげんな返事しかしない。
フェブは、商店街の脇道の風俗街の入り口で、客寄せのポケティッシュを配っていた。赤いダウンを羽織って、少し疲れた笑顔で配っていた。ハーフなんだろうか、どこか顔立ちが外人ぽかった。
「キャ!」
フェブが悲鳴を上げて倒れた。スマホを操作しながらサラリーマン風が知らん顔して行ってしまった。アニメとかだったら「オッサン待てよ」くらい言って、そこからドラマが始まるんだろうけど、ボクは二三回金魚みたいに口をパクパクさせただけで言えなかった。
「大丈夫……?」
やっと口パクに声を載せて、ボクは飛び散ったポケティッシュを拾い集めた。ダウンの前がはだけて中のコスが見えた。AKB風の夏のコスだった。超ミニのスカートから伸びた白い足がまぶしかった。反対側の足をかばっていた。指の間から血が滲んでいる。
「よし、これで大丈夫」
伯父さんは手際よくフェブのひざの傷の手当てをしてくれた。伯父さんは商店街で薬局をやっている。ボクは急いでフェブを連れてきたんだ。普段なら見ないふりして通り過ぎていただろう。でも、もののはずみと、フェブの風俗ずれしていない可憐さ、そして、なんだか分からない申しわけなさがごちゃ混ぜになって、風俗の子を助けるという……いつにない行動に走った。
「すみません、あたしみたいなのが表通りまで出てきちゃって……」
「事故なんだから仕方ないよ。鈴木の店で働いてんだね。あそこなら安心だ」
「分かるんですか?」
「ああ、やつとは幼馴染だからね、神社の次男坊の気軽さかな、あいつは商売の方が向いてるよ」
「マスターは今夜は実家の手伝いです」
「節分だもんな。健、お前には珍し人助けだったな」
「そうだ、ありがとう。まだお礼言ってなかった」
それがフェブとの出会いだった。
フェブは、ナントカって国(聞いたけど忘れた)と日本のハーフ。風俗で働きながら芸能界を目指しているらしい。
いろいろオーディションを受けたり、バックダンサーの端の方で時々テレビにも出ているらしい。
フェブというのは、二月生まれなんで、フェブラリーの頭をとってつけた名前らしい。伯父さんの店でメル友になった。
フェブは芸能界でがんばりたいので、高校を中退してがんばっている。というのは表向きで、経済的な理由で続けられなかったようだ。
遅刻しないだけが取り柄のボクは朝が早い。
商店街の喫茶店で働いているフェブを見た。夜はガールズバー、朝は早くから喫茶店。
笑顔でがんばってるフェブがまぶしかった。
フェブからは、しょっちゅうメールが来る。学校のいろんなことを聞いてくる。その都度ボクはメールを返した。おかげで、ボクの時間割から、成績まで教えてしまった。
フェブは、授業時間中には絶対メールをよこさない。中退したフェブは学校の大事さをよくわかっているようだ。
帰り道、三日に二度ほどフェブと短い立ち話をした。
「テスト一週間前なんだから、もっと早く帰って勉強しなきゃダメだよ!」
先週は本気で怒られた。
「ここってとこで本気になれないやつって最低だよ」
とも言われた。
でも、ボクは放課後ダラダラとミユたちとしゃべってしまう。ボクはフェブに嘘をつくようになった。図書室に残って勉強してるって……。
だけど、フェブにはわかるようだ。嘘には、どこか矛盾が出てくるからね。そして、嘘は学校で補習を受けているっていうところまで広がってしまった。
――このごろ、話すとき目線が逃げるけど、なにか……考えてる?――
――ちょっと疲れてるかな――
そのあくる日に最後のメールが来た。
――来月の一日にオーディション。準備があるから、明日から東京。あたしにも健にも二月は28日までしかないんだからね――
その日、ユイの誘いを断って早く帰った。
ユイは「うん、そうだね、それがいいよ」と言ってヒラヒラと手を振った。「一緒に帰る」と言うかと思ったんだけど、手を振られちゃね。
駅のホームに出ると、タイミングよく準急が来たので乗った。
——ドアが閉まります、ドアにご注意ください——
アナウンスがあって、ホームへの階段を上がって来るユイが見えた。
とっさに、閉まりかけのドアにカバンを挟む。ドアは、もう一度開いた。
瞬間、目が合った気がしたけど、ユイは目線を避けて待合室の方に歩き出す。
降りようかと思ったけど、再び閉まり始めたドアの馬力に負けて……負けたことにして、そのまま帰ってしまった。
フェブからは、それからもメールは来ていたけど、だんだん返事を返さなくなった。
ユイともそれっきり……声を掛けようとして、まだ声を掛けられないでいる。