五分ほどで春日先生がとんできた。パトカー並みの早さや。
菅ちゃん(担任)は出張やそうで、遅れてくるか電話があるとか。いつもやけど、まんの悪い先生や。
「まず、制服を拝見します」
挨拶もそこそこに、すぐに被害物件を見てくれはる。
リビングには如来寺の男全員が集まってる。みんな衣着てるさかいに葬式の打合せみたい。直ぐに伯母ちゃんと詩(ことは)ちゃんが人数分のお茶を運んできたので、リビングはいっぱいになった。
「これは、たぶんカッターナイフで切ってますなあ……」
先生は切り口を写真に撮ってからしみじみと言う。
「カッターナイフの持ち込みは認めてるんですか?」
おっちゃんが真顔で質問。事と次第によっては許さへんいうオーラが出まくり。いつもニコニコしてるお祖父ちゃんも真顔になって、テイ兄ちゃんは唇を噛み、伯母ちゃんと詩ちゃんは立ったままお盆を胸に抱えてる。
「認めてはいませんが、毎日持ち物検査をしてるわけでもないので、正直持ち込まれても分かりません……しかし……」
語尾を濁しながら、制服のあちこちをチェックする先生。ちょっと恥ずかしい。
「おや……」
裏側を見た時、先生の手ぇが停まった。
「ネームが田中になってます」
「「「「「「え!?」」」」」」
わたしも含めて、家のもんは切られたとこばっかり見てて裏のネームまでは見てなかった。
「一組で田中いうと……田中真子。背格好は酒井さんと同じくらいやなあ」
「あ、更衣室は隣同士です」
「断言はできませんが、田中真子さんと間違われた可能性がありますねえ」
田中さんは運動もできて成績もええ子やけど、あんまり喋らへん地味目の子。なんかあったんやろか?
「あくまで可能性なんで、ちょっと田中さんに電話してみます」
先生はスマホを持って廊下へ。
電話は直ぐに繋がったようで―― 見てくれる……そうか……やっぱり……ほんなら…… ――という言葉が切れ切れにして、お母さんが出てきたのか声のトーンが変わって、ちょっとしてからリビングに戻ってきた。
「やっぱり、田中さんが酒井さんの上着着てました。今から田中さんの家に上着の交換に行ってきます。折り返し戻って来るつもりですが、田中さんとの話によっては遅れるかもしれませんので、一時間以上遅れるようならお電話を入れます」
そう言うと、先生は田中さんの上着を持って立ち上がった。
「待ってください、さくらちゃん、スカートも調べたほうがええよ」
伯母ちゃんの指摘に――あ、そうや――ということになって、スカートを取りに行く。
調べるとスカートは自分ので、上着だけが入れ替わってることが分かったので、先生は上着だけ持って田中さんの家に向かった。
「いやあ、さくらとちごて良かったなあ」
テイ兄ちゃんは安心しよったけど、賛同する家族はおらへん。問題は、まだまだこれからやいう感じやし、わたしか田中さんのどちらかが制服切られたことに違いはないねんもん。
九時を回ってから春日先生が上着を届けに来てくれる。「田中さんは?」と聞くと「あとは先生らに任しとき」と返事。
春日先生が帰ってから菅ちゃんの電話「いやあ、あんたがターゲットやなくて良かったなあ」とテイ兄ちゃんレベルの返事。
悪気はないんやろけど、やっぱりムカつく。
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 安泰中学一年
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主
- 酒井 詩 さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原留美 さくらの同級生
- 夕陽丘・スミス・頼子 文芸部部長
- 瀬田と田中 クラスメート
- 菅井先生 担任
- 春日先生 学年主任
- 米屋のお婆ちゃん