馬鹿に付ける薬 《気まぐれアルテミスとのんびりベロナの異世界修業》
006:即席青空天井の茶店・2
二つ目のおはぎに迷ったベローナ、きなこモチに手を伸ばして気が付いた。
「先生、あの小さいのは桃ですか?」
畑が少し高くなった灌木林との境目に、盆栽をそのまま植えたような幼木を見つけたのだ。
「え、となりは栗……と、柿か?」
アルテミスも、その横に並んでいる幼木に気が付いた。
「うん、桃栗~三年、柿八年~」
美味そうに番茶をすすって校長が節をつける。
「柚子は九年でなり盛り~~梨の馬鹿めは十八年~~(^▽^)♪」
「ほほう、よく知ってるねぇ」
「兄のマルスが機嫌がいいと歌うんです」
「ああ、そうだろうね。マルスは軍人だけど、根はのんびり屋だからねえ」
「戦士がのんびり屋でいいのか?」
三つ目の粒あんもあっさり食べ終えてアルテミスも話に加わる。
「戦士や軍人が気が短いと戦争の絶え間が無くなる」
「ホホホ、それもそうですね」
「ん? 梨の隣にもなにか植えてあるみたいだけど?」
「リンゴだよ」
「え、梨の続きがあったんですかぁ?」
「林檎にこにこ二十五年という」
「へえ、気の長い順に並んでるんだ」
「フムフム……これは、教育者としての先生の戒めなんですねえ」
「アハハ、ボケ防止さ」
「「ボケ防止?」」
「桃栗三年とは、よく言うけどね。柿から次はめったに言わないだろう?」
「はい、りんごにこにこ二十五年は初めて聞きましたぁ」
「りんごの次もあるんだよ。女房の不作は六十年、亭主の不作はこれまた一生 ……ってね」
「「あはははは(^▽^)」」
「さすがに、女房と亭主は植えるわけにはいかないからね」
わははははは(^▽^)(^〇^)(^▢^)/
師弟三人の笑い声が響き、近くの木々に憩う小鳥たちがビックリして飛び立っていく。その小鳥たちを目で追いながら校長は真顔で続けた。
「君たちは、母星の運命を知ってるんだね?」
「うん」「はい」
「教育というのは、師弟の阿吽の呼吸だと思うんだ。役所のように、いちいち書類に記してハンコを捺くようなものじゃない。でも、これは大事なことだから、もういちど確かめておきたいんだよ。いいかな?」
「ああ」「はい」
ベロナは――どちらから話す?――と目配せすし「じゃ、自分から」とあっさり言ってアルテミスが切り出した。
「月は、その昔、巨大な隕石が地球に衝突して、その時千切れ飛んだ地球の一部が丸まって地球の周りを周るようになってできたものだ。月と地球は互いに引き合っているが、月に働く遠心力をわずかに下回る。そのために、月は少しずつ地球から離れ、やがては互いの引力が及ばないほどに離れ。月は、いつか銀河の迷い星になって宇宙を彷徨うことになる。だから、それを食い止めて、地球との距離を昔に戻すことが自分の使命だ」
「そうだね、簡潔に述べてくれてありがとう、アルテミス」
「ええと……火星は、ですね、元々は地球の姉妹星です。姉の地球に比べると少しゆっくりしている火星は、地球の少し外側の軌道を回っています。むかしは地球のように海や湖があって、地球のように生物も文明もありました。でも、すこしゆっくりしすぎて水は極地方に氷となって残っているだけで、いずれは、それも無くなって永遠に死の星になってしまいます。わたしの……このベロナの役目は……火星を地球の軌道に組み込んで、地球と仲良しの双子星にして、ともに栄えることです。ガミラスとイスカンダル的な……みたいな」
「そうだね、ロマンチックに語ってくれてありがとう、ベロナ」
「…………」
「なにか、話してみると、とんでもないことを決心してしまったんですねぇ、わたしたち(^_^;)」
「ああ、でも、これで区切も踏ん切りもついた。そろそろ行くよ、校長先生」
「そうか、そうだね、戻ってくるころには梨もリンゴも大きな実をたくさんつけているだろうさ」
「ですね、このさき何代目の梨やリンゴになるかしれませんけれど(^_^;)」
「ひょっとしたら、リンゴのとなりに校長先生と奥さんがいたりしてな」
アルテミスの真顔に、宮沢校長は「アハハハハ(^▽^)」と明るく笑って返した。
そうして、ベロナとアルテミスは水を補充して元の道に上がって、こんどこそはほんとうの出発(たびだち)になった。
仰ぐ異世界の空は、相変わらずの曇り空だが、山の向こうに少しだけ青空が覗いていたような気がする二人だった。
☆彡 主な登場人物とあれこれ
- アルテミス 月の女神
- ベロナ 火星の女神 生徒会長
- カグヤ アルテミスの姉
- マルス ベロナの兄 軍神 農耕神
- アマテラス 理事長
- 宮沢賢治 昴学院校長
- ジョバンニ 教頭