せやさかい・191
その夜は本堂の外陣で三人で枕を並べて寝ることにした。
わたしの部屋で寝ても良かったんやけど、さすがにベッドの他に二人分のお布団を敷くと狭い。
それに、一人がベッドを使うと、お布団の二人とは、ちょっと離れてしまう。高さちがうしね。
「それじゃ、修学旅行みたく!」
頼子さんの提案で、阿弥陀さんの前で寝ることにしたんです。
頼子さんが気にしてた御料車は、頼子さんがスマホで二件ほど電話すると引き上げて行った。
「枕もとに阿弥陀様がいると、なんか安心しない?」
「小学校の林間学校思い出します」
「え、留美ちゃんとこは林間学校あったん?」
「うん、高野山の宿坊で泊ったんだけどね、こんな感じだった」
「高野山も阿弥陀様?」
「お不動様でした」
「お不動様?」
「あ、こんなんです!」
二人の前に胡座かいて、お不動さんのモノマネをする。
右手に利剣(諸刃の真っ直ぐな刀)の代わりのハタキを、左手に羂索代わりの紐を持つ。
「え、なんか掃除でも?」
「ちゃいます……そや!」
檀家のお婆ちゃんらが置いてるお菓子箱から柿の種を二つぶ取り出して八重歯の代わりの差し歯にする。
「アハハ、なんか面白い」
頼子さんが遠慮なく笑う。
「あ、こういうのです」
律儀な留美ちゃんがスマホで検索、お不動さんの写真やら動画を見せてくれる。
「うわあ、どれもこれも怖い顔だね……座ってるのと立ってるのがある」
「あたしが、真似したんは座ってる方です、ポリポリ……」
「あ、八重歯食べてる」
「これしてたら、喋れませんよって」
「あ、なに、これ?」
三人の目が停まったのは、全身緑色のコケに覆われて、表情も何も分からへんようになったお不動さん。
「あ、法善寺横丁のお不動さんですよ」
「法善寺横丁は聞いたことある!」
「あ、織田作之助の『夫婦善哉』だ」
さすが、元文芸部の部長。
「ラノベの『りゅうおうのおしごと』にも出てきたと思います」
さすが留美ちゃん。
「コロナが収まったら、みんなで見に行こうか?」
「残念さんも行かなきゃですね」
ちょっと留美ちゃんが元気になった。
「阿弥陀様でよかったね、お不動様に見下ろされてたら、ちょっと寝れなかったかもね」
「じゃ、そろそろ寝ようか」
「「はい」」
三人横に並んで手を合わせて南無阿弥陀仏を三回唱えてお布団に入ります。
ボンさんも檀家さんも「ナマンダブ」ていうんやけど、字面は「南無阿弥陀仏」やさかい、二人に倣っときます。
うちは、阿弥陀さんの事は、まだよう分かってへんのです。
阿弥陀さんは、人が死んだら極楽浄土に連れて行ってくれはります。
というか、それしかしてくれません。
どんな悪党でもふざけた奴でも、死んでからの極楽は完ぺきに受け合うてくれはるけど、この世の事には関与しはれへん。他の仏教は修業したり寄進したりとかすると願い事を聞いてくれはることもある。
阿弥陀さんいうのは、そういう人を突き放したとこがあるんや。
それでも、お祖父ちゃんもおっちゃんも、テイ兄ちゃんも檀家さんが阿弥陀さんにお願いごとをするのを反対したりはせえへん。
そういうとこをアバウトにしといて、お寺と檀家さん、檀家さん同士の繋がりを暖かいものにしてる。
うちには、まだ、よう分からへん。
けども、この本堂には、お寺さんやら檀家さんやらの願いや温もりが何百年分も籠ってる。
その温もりのせいやろか、留美ちゃんも、その晩はゆっくり寝られたみたいです。
朝になって起きて見ると、いつのまにかダミアが留美ちゃんのお布団に入って寝ておりました。