つれづれ

名古屋市内の画廊・佐橋美術店のブログ

2023年08月16日 | 日記・エッセイ・コラム



よく私が、このブログに小林古径の線について「厳しい」という言葉を使わせていただくのを覚えてくださっていたお客様が「厳しいという感じがよくわからない」とお便りにお書きくださいました。


私自身は何も考えず、余り調べたりもせず、ただ大好きな古径の印象を「厳しい」と表現させていただいたつもりでおりました。

また「線が好き」というのは、ある意味、韓国ドラマより時代劇、特に水戸黄門よりも子連れ狼とか眠狂四郎とかの孤高系が好き❤️というような、絵画を選ぶ時の一つのジャンル分け的な要素だとも思っています。


生活の中の何気ない一本の線から歴史が始まった世界的美術史ではありましょうが、時代が進むにつれて「線」自体の美しさから人々の目は離れて来てしまっている印象も多くあります。







お馴染みの安田靫彦と小林古径はほぼ同時代に活躍した日本画家です。

共に関東画壇のみならず、全国的に活躍、大きな仕事を残された作家です。

上の図録の作品は、上が靫彦、下が古径。

共に円熟味のました丁度70歳の作品です。

古径は靫彦より早く他界しましたので、これから間も無く作品は途絶えがちになったと思いますが、
いかがお感じでしょうか。




%




これは、みなさまにも是非ご感想をお聞きしたい事です。

肝心の私も、あら?と思いました。

この時期になると、一目で古径の作品か靫彦の作品かは何となくわかっても、線の違いを明確には把握できません。

靫彦は、良寛の書に魅了された画家ですので、豊かな線、ゆとりのある線描を目指したかと思います。

古径は、どんな線を目指したか?というより、実態に迫る線を描きわけたという印象を受けます。

が共に、画品がある! とか 厳しい!というレベルを当に超えて、円熟味をました優しい美しい線と言えるように思います。


古径の「厳しさ」というのは、無駄をどれほど省いているか?という事だろうと感じています。

靫彦の作品には花瓶だけでなく、お花も描かれているので「狙い」が違うのは確かですが、古径の描く瓶は、そのフォルムの美しさ、またその気品ある佇まいを十分に表現できていると思います。佇まいというのは、そのものの持つ重量感、存在感ということです。


家屋建築にも流行というのもあり、確かに今の建物に日本画はお飾りにくいとは思いますが、これからのお若い世代には少し復古というか日本的なものも見直されるような印象も感じますので、是非「線の美」についてはこれからも考えていきたいと思っています。


結局この線の美を感じることが、日本近代洋画を理解する、感じることにつながるように私自身は思います。


アニメでなくて、時代劇から日本人の心にせまる⁉️


「線の美」を考えるということはそういうことになるのかもしれません。






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お盆

2023年08月12日 | 清宮質文
いよいよ本日より夏休みをいただくこととなりました。

(結局昨日も店に出て書類の不備の訂正をしたりしました💦)

このところブログの更新が出来ず気になっておりましたが、決算が近づき、ある程度の経理的作業を進めなくてはならない事、また頼みのキーボードがまた調子を悪くし、新しい物を買いにいく時間がなかったことなど色々重なってしまい、更新をさせて戴くことなく夏休みを迎えてしまいました。


最近のブログに、梯子乗りのことを書かせていただいたりしたので、ブログの更新がないと「夏美さん、どこからか落っこちていないか?」とか「通勤中に熱中症でぶっ倒れていないか?」など、皆さまにご心配をいただいているようで、かえって申し訳なく思いますが、何とか生きて、佐橋の新盆を迎える事ができておりますので、どうぞご休心くださいますようお願いいたします。

佐橋が居なくなり家にも店にも1人で、それでもなんとか一生懸命に日々を過ごしていても、泣き出したらキリがなく、苦しいと思えば底なしのように不安が募ります。

またそうしたマイナス思考が強いからこそ、私たちはこうした美術品に関わる仕事にご縁を戴いているのだとも実感します。

ですからそうした感情も決して否定せず、ただ時間の経過に期待を寄せるしかないのだろうなぁとこの頃は諦めながら、来年のお盆にはもう少し落ち着いた気持ちで迎え火の用意ができているだろうか?と考えていたところです。










良いなぁと思い2人で求めたこの清宮のガラス絵は1人になった途端、少し子供っぽく思えてしまい、手放した方が良いのだろうか?と
迷いました。


けれど、毎日よく眺めていると、清宮はガラスに作品を描くという意味をよくわかっていて、それを最大限に活かして自分の世界観を表現しているのではないだろうか?と思うようになりました。

版画家の父の元に生まれ、芸大の油彩画を専攻し、藤島武二の教室に学んだ清宮が、紆余曲折を経て、自ら自分を詩人と捉え、木版画家としての道を選んだことは自然といえば、自然の成り行きであったのかもしれませんが、きっとその過程には何かを選び、何かを諦めていたのだろうと思います。

内なる自己の無限の探求の道を選んだ清宮の、その澄んだ気持は、歳を経てきた私にとって、或いは今「夫を失ったばかりの妻の人生劇場のど真ん中」にいる私にとって、時には「青臭い」と感じてしまうことがあるのかもしれませんが、では人は人生の経験を通してどこに辿り着くのか?と思うとき、結局最後は「静かで澄み渡る心、世界」を求めるものだというしかないように思えるのですね。



『境界線』

清宮の人生のテーマ、作品のテーマはそこにあったように思います。
心の世界と現実の世界の境界線は、人それぞれに、位置も、太さも、色も違います。
その境界線を時には強く引き、時には線自体を全てを無くしてしまうことが、まさに生きるということなのかな?とも思います。



他の油彩画と並べて飾ることは少し難しいかなと思いますが、この作品を小さめのお部屋にポツンとひとつ、飾ってみるのは
なかなか面白いのではないかと今、ふと気がつきました。

ぜひご来店の際に、もう一度清宮の作品をご覧ください。















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立て看板

2023年08月07日 | 今西中通
先週土曜日に余り店にいられなかったので、昨日の月曜日は一日店に出ました。

気になっていた仕事を片付けて、久しぶりに店のパンフレットの作成をしました。

コロナの事が有ってから、店の立て看板を外に出す事はしていませんでした。

またコロナの規制が随分緩んだ今年になってからは、佐橋の体調が悪い事が多く、急なお客様に対応出来かねたので
看板を出しませんでした。




この看板を外に出すと、前をお通りのみなさまがパンフレットをお持ちくださったり、店に入ってこられる事が
多くなります。


わかっていても、どうしても出来ない事。

それがこの立て看板を店の外に出す事でした。






パンフレットには以前、展覧会のご紹介や鑑定のこと、作品の買取の事なども少し書かせて頂いていました。

けれど、佐橋が居なくなってそうしたお仕事に責任が持てなくなりましたので
新しいパンフレットにはそれを省かせていただきました。


「作品が売れても売れなくても、私はもう少しだけ、この店で近代日本美術作品のご紹介をみなさまにしたい。」この数日はそればかりを思っていました。

ですから、パンフレットにはその事だけを書かせていただこうと決めました。

毎日佐橋の車で店と自宅の往復をしていましたので、はじめはバスと地下鉄でここまで通う事に
疲れ果ててしまいましたので、不定休にさせていただいて店を開ける時間もまちまちになりました。

この2ヶ月の「研究」によって、バスのすいている時間帯、地下鉄との乗り継ぎの良い時間帯を把握、
ご予約がある以外は早めに店を閉めさせて頂こうとも考えました。





ご予約のお客様のご来店を優先しながら、これからは少し店にいる時間を長くして、作品のご紹介を前をお通りのみなさまにさせて戴こうと思います。






今更に、この今西の作品の一つ飛び抜けた格調の高さに驚きました。

「疑ったり恐れたりしなければ、時間はいつも豊かにゆっくりと流れている」

そう教えてくれる素敵な作品だと思います。















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スポット

2023年08月06日 | 日記・エッセイ・コラム
店に長い時間いるようになると、それはそれで日に日に、佐橋の不在を実感することが多くなります。

先週金曜日に、作品の掛け替えを少し致しましたが、その時、ショーウィンドウのスポットの一つがついたり、
消えたりしている事に気がつきました。

「予備」は確かあったはずですが、果たしてあの高さのスポットの電球を私に替えることができるかどうか?






佐橋は道具を買う事が好きだったので、この梯子のほかに、もう一つ背の高い梯子もありますが、そちらは私には重たくて
ここまで運べません。

仕方なく、小さい方の1番上に乗ってみる事にしました。

私は大工の娘で、小さい頃から父の現場に行っていましたので、案外高いところは平気です。

けれど、ある年齢になってから気づいたのです。

高いところが平気だったのは、脚力や体のバランスの取り方が若く、上手だったからで、
歳をとってから高いところに登るのは非常に危ない⚠️


でも!せめて電球を取り外して、あの気になる「パカパカ♪」を止めなくては。


この場所は幅が狭かったので、梯子の1番上に乗り足を揃えても、両手を壁とガラスに広げれば
体が安定します。

またここで私が怪我をしても、前をお通りのどなたかが気づいてくださるだろうと思ったのです。

運よく電球を外し、梯子を降りる。

新しい電球を持って梯子を登る。

の二回の梯子乗りに成功しましたが、残念ながら新しい電球をはめる作業には体を安定させる力がかなり必要で、
「これは無理だ!!」と諦めました。

そして、心のどこかで諦めた自分を褒めました😅




翌日土曜日の外出には息子に車を出してもらいましたが、思ったより早く店に戻ることができましたので、
お願いをしてスポットを取り替えて貰いました。

息子は私よりかなり背は高いのですが、それでも「結構不安定だね」と言っていましたので、
私は前日かなり危険な事をしていたようです。

ふと思ったのです。

そういえば、佐橋が2年前に病気を発症して手足の神経が麻痺してからは、梯子のりは私の担当だったなぁ〜

けれど、その時は必ずそばにいてくれて、私に指示を出してくれたり、道具を持っていてくれたなぁ〜


そして、


『そんな私だけの思い出を頑なに守りたい為に、私は危ない梯子乗りまでして、今この店に居ようとしているのだろうか?』








息子が言ってくれたのです。

「佐橋雅彦の人生はもう終わった。あなたの人生はまだ続く」



いよいよお盆休みが近づきました


無理に脱ぎ捨てようとは思いませんが、私を苦しめている私自身の雑念やエゴにこれ以上振り回される事の
ないように、少しずつ自分の奥深くに佐橋の魂を鎮めていきたいと願っています。


梯子に乗って気づいたことも沢山ありましたが、これからはとにかく1人では乗らないように致します😆










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牛島憲之

2023年08月02日 | 牛島憲之
この2ヶ月、私は必死でこの店に通い続けました。

佐橋美術店の作品はどれも思い出深く、そして真っ直ぐに私を癒してくれました。

今、やむを得なく日本画を中心に作品を幾つか手放していますが、残している作品の中でも
断然1位に、私に力を与えてくれているのは、この牛島憲之の「初日」です。

苦しみや悲しみが、麻痺状態になっている時に

視線を変える事を促してくれる作品。

一緒に前に進もうと励ましてくれる作品。

主張は少なくてもただそこに居てくれる作品。

色々ある中で、牛島憲之の特にこの作品に感じる「品」は格別なものです。

品とは、徳という言葉に置き換えることも出来るかと思います。

徳と言っても決して大袈裟なものではありません。

「ある実感の共有」というものかと思います。






牛島の画集に「炎昼」という作品と作家自身の文章が掲載されていました。

炎昼は昭和21年、牛島46歳の作品です。

これより先、更に51年もの時間を長く生きるとはきっとご本人もこの時思っていらっしゃらなかったと思いますが
この頃確立された様式、或いは世界観は、きっと牛島本人さえも癒し、その生命を長らえさせたのではないか?とさえ思います。



前作「残夏」の炎天下の緑という構成は、自分でも気に入っていたので、引き続き描いたのがこの「炎昼」です。
これは糸瓜ではなくカボチャ、近所の友人の家の庭にあったものです。

何もかも死んだような真夏の昼、独り絵筆を動かしていると、気力が満ちてくるような気がしました。

私は8月生まれ、夏が好きなんです。

93歳の今日まで、夏が辛いと思ったことはありません。

そのお陰か、この年の第二回日展でこの絵が特選をいただきました。

以後の私のスタイルがこれで確立したと言って良いかもしれません。



夏を辛いと思ったことのない牛島が現在のこの気温をどう捉えるか?少し意地悪な興味を持ちますが

ただこの「炎昼」という作品を観る時、昭和21年と現在のその気温差を感じさせることのない
「暑さ」を感じることができるように思います。

それは、牛島が「炎昼」という言葉から想起させられるイメージの世界、
また人間にとっての「夏」「暑さ」の本質を絵画の中に大胆に、かつ大変丁寧に表現しているからだと感じます。


今のお若い方たちの感じる「暑さ」は、きっと日本が世界に誇るアニメの世界にもきちんと表現されるのでしょうけれど、
ただ時間を重ねて、経験をしてゆく「夏」への思いや「暑さ」への感触は、きっといつかこの牛島憲之の織りなす手触りの
静かな、深い優しさに溢れる「夏」のイメージに近づいていくような気がしています。



私は夏に生まれたので夏美という名前なのだとずっと思っていましたが、先日妹が父になんとなく聞いた気がすると言って

「夏の子供のように、裸で放っておいても元気に育つように」という意味もあったと教えてくれました。


だからって、60過ぎて丸裸にされて放っておかれてもね、、お父さん‼️雅彦さん‼️


「初日」

その言葉のイメージも、作品の内容も私に確かな「初めての力」を与えてくれていると実感しています。
丸裸だからこそ感じる静かな美しい力です。


やはり、牛島額より、この額の方が深みを感じる気がしますが、いかがでしょうか。












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