『山家集』中、前回の歌・“呉竹の節… ”に続いて載っている次の歌を読みます。義清(ノリキヨ、西行)の心情が率直に詠われているように思われる。すなわち、世の物事の善悪が解るだけに苦しい。気にせず、有るがままに生きれば、それなりに生きていけるものを と。
悪し善しを 思いわくこそ くるしけれ
ただあらるれば あられける身を
青年義清は、潔癖症あるいは神経質な性質に思える。自ら気づき、自らを持て余しているようです。なお、此の頃の義清をして善し悪しを判断の対象とされ、自らを苦しませている課題は何でしょう?
和歌と漢詩
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悪し善しを 思いわくこそ くるしけれ
ただあらるれば あられける身を [山・1421]
[註] 〇思いわく:識別する、区別する; 〇ただ:普通に; 〇あらる:居ることができる、 生きていられる。
(大意) 善悪を分別する能力があるのは、苦しいことだ。そのようなことに無関心で、普通に生きて行けば、それなりに生きていける身であるのに。
<漢詩>
恨潔癖脾氣 潔癖な脾氣(タチ)を恨む [上平声十一真韻]
能分辨世情善惡, 世情の善惡を分辨し能(アタ)うは,
卻使人陷痛苦頻。 卻(カエッ)て人を使(シ)て痛苦に陷らせること頻(シキリ)なる。
憶殺対斯無介意, 憶殺(シキリニオモ)う、斯(ソレ)に対して介意(キニカケル)こと無ければ,
恰如其分可保身。 恰如其分(ソレナリニ) 身を保つことが可(デ)きようものを。
[註]〇分辨:識別する; 〇憶殺:しきりに思う; 〇恰如其分:(成) 適切である、分相応である。
<現代語訳>
潔癖な性質を恨む
世の事柄の善悪がよく解ると
却って苦しみを覚える機会が多くなるよ。
頻りに思うのだが、善悪に関して無関心であれば、
それなりに身を保つことが出来ようものを。
<簡体字およびピンイン>
恨洁癖脾气 Hèn jiépǐ píqì
能分辨世情善恶, Néng fēnbiàn shì qíng shàn è,
却使人陷痛苦频。 què shǐ rén xiàn tòngkǔ pín.
忆杀对斯无介意, Yìshā duì sī wú jièyì,
恰如其分可保身。 qiàrúqífèn kě bǎo shēn.
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義清が出家するに至る動機または理由は何であったのか。義清の歌を鑑賞するに当たって、まず取り組まなければならないのは、出家の動機・理由を探ることであり、延いては、西行の人間性を知ることに繫がると思われる。
出家の動機・理由として、次の諸点が挙げられ、論じられている:
・厭世説 ―現世からの逃避
―友人の死
・失恋説
・純な求道
さらに、歌の真意を理解するには、作者の生きた時代、作者の置かれた環境等々の理解が必須と思われる。それらの諸点を念頭に置きつゝ、個々の歌の理解とその漢詩化を進めるとともに、並行して、義清が生きた時代の種々相を≪呉竹の節々-x≫と題して、概観していきます。
≪呉竹の節々-1≫ ―世相―
白河上皇が院政を敷いている中、鳥羽天皇(17歳)と藤原璋子(ショウシ/タマコ、19歳、後の待賢門院璋子タイケンモンショウシ)との間に第一皇子・顕仁(アキヒト、後の崇徳天皇)が誕生します(1119)。しかし鳥羽天皇はその誕生を喜ぶことなく、顕仁親王を「叔父子シュクフシ」だと言って、敬遠していた。
実は、白河院と璋子との関係は、璋子が鳥羽天皇に嫁ぐ前に始まり、その後も続いていて、顕仁親王は、白河院の御子なのであった。即ち、鳥羽天皇の祖父の子である ということで、「叔父子」と称されたのであった。この関係は、当時、当事者はもとより、公然の秘密であったとのことである。
鳥羽天皇と璋子との間には、男子五人、女子二人が誕生していたが、白河院は、顕仁親王を特に溺愛していた。1123年、顕仁親王が五歳になると、白河院は、21歳の鳥羽天皇を強引に退位させ、顕仁親王を崇徳天皇として即位させます。翌1124年、璋子は院号を宣下され、待賢門院と称されます。
1129年、白河院が崩御、享年77。堀河、鳥羽、崇徳3代に亘り治天の君として院政を行ってきており、大往生と言えよう。しかしその間、崇徳天皇初め、白河院よりであった人々に対する鳥羽院の怨念は尋常なものではなかった。
鳥羽院の崇徳天皇に対する敵愾心は増々強まっていきます。後に大動乱「保元の乱」の起こる“芽生え”の期と言えよう。義清が徳大寺実能の元に出仕するのは、その頃でしょう。(続く)
[註] 72代 白河(シラカワ)天皇(1053~1129) 在位1072~1086
73代 堀河(ホリカワ)天皇(1079~1107) 在位 1086~1107
74代 鳥羽(トバ)天皇(1103~1156) 在位 1107~1123
75代 崇徳(ストク)天皇(1119~1164) 在位 1123~1141
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