愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 240 飛蓬-142 十五夜望月 次韻蘇軾「春夜」

2021-12-06 09:05:22 | 漢詩を読む
今年の晩秋・十五夜の月は、地球にすっぽりと隠されてはいたが、美しい淡い赤銅色の衣を纏った姿を見せてくれた。否々、恥じらい気味に目を細めて、頭(コウベ)をチョコナンと傾けて、ちらりとウインクしていた風に感じ取ったのは、筆者だけであろうか?

太陽暦‘21年11月19日夕、幸いに好天気に恵まれ、日本全国で見ることができたようである。140年ぶりの天体ショーであった由。科学的な表現に従えば、「月のほぼ98%が隠れた“ほぼ皆既月食に近い部分月食”」でした。

北宋の詩人・蘇軾(1036~1101)の「春夜」に次韻した漢詩の作詩に挑戦したのだが、出来た詩は、なんと“秋夜”の“十五夜望月”となりました。月に対すると、ついファンタジーの世界に引き込まれていきます。“ほぼ皆既月食に近い部分月食”に誘われたわけではないのだが。


旧北宋首都・開封市街 撮影‘18.4.22

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 十五夜望月    [下平声十二侵韻]
  次韻蘇軾「春夜」  蘇軾「春夜」に次韻す
玉盤奕奕耀黃金、 玉盤(ギョクバン) 奕奕(エキエキ)として耀(カガヤ)く黃金(コガネ)、 
嬌艶夭夭素娥陰。 嬌艶(キョウエン)にして夭夭(ヨウヨウ)たり素娥(ソガ)の陰(カゲ)。 
天涯親愛同此刻、 天涯の親愛 此刻(コノトキ)を同(トモ)にす、 
但願永無時所沈。 但(タ)だ願うは 永(トワ)に沈む時の無きを。 
 註]  玉盤:玉でできた皿; 奕奕:非常に美しいさま; 耀:光り輝く; 
  嬌艶:あでやかな; 夭夭:若々しく美しいさま; 素娥:陸游・晩到東園に拠る、 
  姮娥(コウガ)または嫦娥(ジョウガ)ともいう; 陰:すがた、影; 親愛:愛する人。  
<現代語訳>
 十五夜望月 
  蘇軾「春夜」に次韻す 
非常に美しく黄金色に光り輝く玉盤のような十五夜の月、 
中に見える若く艶やかで美しい姿は、不老不死の薬を搗いている嫦娥でしょうか。
遠く離れたところにいる愛しい人も共にこの望月を見遣っている筈である、 
願うらくは、永久に沈むことなく、私たち相互の想いの交歓を断つことのないように。

<簡体字およびピンイン> 
 十五夜望月    Shíwǔyè wàngyuè  
  次韵苏轼「春夜」 Cìyùn Sū Shì “Chūn yè” 
玉盘奕奕耀黄金, Yù pán yì yì yào huáng jīn, 
娇艳夭夭素娥阴。 jiāoyàn yāo yāo Sù’é yīn. 
天涯亲爱同此刻、 Tiānyá qīn'ài tóng cǐkè, 
但愿永无时所沉。 dàn yuàn yǒng wú shí suǒ chén. 
xxxxxxxxxxxxxxx 
        
ooooooooooooo 
<蘇軾の詩> 
 春夜        [下平声十二侵韻]
春宵一刻値千金、 春宵(シュンショウ)一刻 値(アタイ)千金、 
花有清香月有陰。 花に清香(セイコウ)有り 月に陰(カゲ)有り。 
歌管楼台声細細、 歌管(カカン)楼台(ロウダイ) 声細細(サイサイ)、 
秋千院落夜沈沈。 秋千(シュウセン)院落(インラク) 夜沈沈。 
 註] 秋千:鞦韆の簡体字、ブランコ; 院落:中庭。
<現代語訳> 
 春夜
春の宵は、ひと時が千金に値する、
花には清らかな香りが漂い、月にはおぼろ雲がかすんでいる。
遠くの高楼からの歌や管弦の音も次第にかすかになり、
中庭にブランコがゆらゆらと揺れる中、夜はしんしんと深まっていく。
                    [白 雪梅 『詩境悠游』に拠る]
<簡体字およびピンイン> 
 春夜        Chūn yè 
春宵一刻値千金、 Chūnxiāo yī kè zhí qiān jīn, 
花有清香月有阴。 huā yǒu qīng xiāng yuè yǒu yīn. 
歌管楼台声细细、 Gē guǎn lóutái shēng xì xì, 
秋千院落夜沉沉。 qiūqiān yuànluò yè chén chén. 
ooooooooooooo  

「春夜」は、起承の二句で、止めることのできない“時”の大切さ、自然事象の華やぎの情景、転結二句で、昼間の管弦や、若い宮女たちの賑わいなど、人の活動が治まり、静かに更け行く春の宵。メランコリーな気分にさせる詩句ではある。

この詩の舞台は、北宋の都(960~1127)として栄えた現・河南省開封市である。上の写真は、現代の開封市の街並みの様子を示しています(1918.04.22.撮影)。やはり風情のある古い街という印象でした。

蘇軾は、22歳で科挙に合格、官界に身を投じており、活躍した時期は、都・開封の街の佇まいが爛熟期を過ぎようとする頃でしょうか。そろそろ政・官界にホコリも溜まる頃で、改革派・保守派とせめぎ合いが激しく、蘇軾は度々、左遷の憂き目に遭っています。

「春夜」は、蘇軾の若いころ、宿直している時の作であろうとされています。詩から、当時の華やぎ・賑わいが感じとれますが、一方、「歓楽極まりて哀情多し」(「秋風の辞」)と詠った、漢武帝の心境も、蘇軾の胸の隅にあったのではなかろうか。

蘇軾の詩に次韻する試みをしていますが、「春夜」が「秋夜」と真逆の情景となってしまいました。“金”・“陰”……、と韻字に想いを巡らしているうちに“望月”に辿り着いた次第です。ただ、いずれの場合も、止めることのできない今の“時”を“値千金”と感じていることは共通した感慨と言えます。

月の表面に見える“陰”については、色々な受け取り方があり、遠い昔から、洋の東西を問わず、多くの伝説を生んでいるようです。“月”および“月の陰”には、人の想像を刺激する力があるようです。此処では“陰”を“事物の姿・かたち”と採り、嫦娥と見立てました。

日本では一般に、“餅を搗くうさぎ”に見立てているようです。中国・インド辺りから伝わったのであろうとされています。中国では、嫦娥は、夫・羿(ゲイ)が西王母から貰った不老不死の薬を盗んで飲み、不老不死の命を得た。

嫦娥は、盗みの咎で月に追放され、そこでガマガエルに変身させられた、または同じ薬を再生しようと終生作業をつづけている、等々。嫦娥は、羿と結ばれる前には多くの男性から求婚されたようですので、さぞ美女であったろうと想像され、「十五夜望月」には魅惑的な女性像として登場願いました。

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