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ジリジリと照り付ける夏は去りつゝあり、あらゆる事象が爽やかな秋の訪れを報せてくれる。中でも、身辺ではなく、“遥か遠くの山から聞こえて来る”蝉の声がそうだ と。この歌の佳さを決定しているように思える。
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[詞書] 蝉の鳴くをきゝて
吹く風は 涼しくもあるか おのずから
山の蝉鳴きて 秋は来にけり (『金槐集』 秋・158)
(大意) そよ風が涼しくなってきたかと思うと 山からツクツクブシの鳴き声
が聞こえてきた、秋の訪れが実感されるようになったよ。
註] 〇山の蝉:晩夏に聞けるツクツクボウシ、秋の訪れを告げる鳴き声
でもある。類聚本では、歌題は「寒蝉啼」となっている。
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<漢詩>
聞寒蝉 寒蝉(カンセン)を聞く [下平声七陽韻]
何処微風至, 何処(イズコ)よりか微風至り,
蕭蕭覚快涼。 蕭蕭(ショウショウ)として快(ココロヨ)い涼を覚ゆ。
遙聞山蝉叫, 遙(ハルカ)に聞く 山蝉(サンセン)の叫(ナ)くを,
茲自悟秋陽。 茲(ココ)に自(オノズ)から秋陽なるを悟る。
註] 〇蕭蕭:樹木が風にそよぐ形容; 〇山蝉:山から聞こえる寒蝉(ツクツクボ
ウシ)の鳴き声; 〇秋陽:秋日。
<現代語訳>
ツクツクボウシを聞く
何処からともなく そよ風が吹きわたり、
木の葉が揺れて 涼しさが快い。
遥かに山の方からツクツクボウシの鳴く声が聞こえてくる、
自ずと秋の訪れが感じられるようになったよ。
<簡体字およびピンイン>
闻寒蝉 Wén hánchán
何处微风至, Hé chù wéifēng zhì,
萧萧觉快凉。 xiāoxiāo jué kuài liáng.
遥闻山蝉叫, Yáo wén shān chán jiào,
兹自悟秋阳。 zī zì wù qiū yáng.
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実朝の掲歌の参考歌として、次の歌が挙げられている:
おのずから 涼しくもあるか 夏衣
日もゆふ暮れの 雨のなごりに (藤原清輔 『新古今集』 巻三・夏・264)
(大意) いつの間にか涼しくなってきたようだ。夏衣の紐を結うぐらいに涼し
いよ、夕暮れの雨のお陰で。
川風の 涼しくもあるか うちよする
浪とともにや 秋は立つらん (紀貫之 『古今集』 秋・170)
(大意) 川に吹く風のなんと涼しいことだろう。岸に寄せくる波とともに 秋
も訪れるのだ。
山の蝉 啼きて秋こそ 更けにけれ
木々の梢の 色まさり行く (後鳥羽上皇 『後鳥羽院御集』)
(大意) 山の蝉が鳴いているうちに 秋は更けて行き、木々の梢も色づいて
いくことだ。
zzzzzzzzzzzzz -2
天の河原で 織姫との逢瀬を待っている牽牛星であるが、待てど暮らせど織り姫は姿を見せない。ただ秋風が通り過ぎていくのみである と。何とも遣る瀬無い情景の歌である。
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詞書] 秋のはじめによめる
彦星の 行き逢いを待つ ひさかたの
天の河原に 秋風ぞ吹く
(『金槐集』 秋・166; 『新勅撰集』 巻四・秋上・208)
(大意) 牽牛星が 織女星と行きあうのを待っている天の河原に秋風が吹いて
いる。
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<漢詩>
等待織女牽牛星
織女を等待(マツ)牽牛星 [上平声一東韻]
金氣滿天漢, 金氣 天漢に滿ち,
牽牛対岸濛。 牽牛の対岸 濛(モウ)たり。
側足須織女, 足を側(ソバ)だてて織女を須(マ)つ,
只有素秋風。 只(タダ) 素秋風(アキカゼ)のみ有り。
註] 〇金氣:秋気; 〇天漢:天の川、銀河; 〇牽牛:彦星、牽牛星;
〇濛:霧などが立ち込めて暗くはっきりしないさま; 〇側足:つま
先立ちする; 〇須:待つ; 〇織女:織姫、織女星; 〇素秋:秋。
<現代語訳>
織り姫との逢瀬を待つ彦星
天の河には秋季漲って、
彦星の立つ河の対岸は霞んでいる。
彦星は岸辺で爪先立ちして 織り姫の来るのを心待ちしているが、
ただ 秋風が吹きすぎていくばかりである。
<簡体字およびピンイン>
等待织女牵牛星 Děngdài zhīnǚ qiānniú xīng
金气满天汉, Jīn qì mǎn tiān hàn,
牽牛对岸濛。 qiānniú duì àn méng.
側足须织女, Cè zú xū zhīnǚ,
只有素秋风。 zhǐ yǒu sù qiū fēng.
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定家は 『新勅撰集』中に 実朝の歌25首を入集させており、中でも秋の歌10首と 秋の歌を高く評価している。掲歌はその一つである。掲歌の参考歌として次の歌が挙げられている。
彦星の ゆきあいを待つ かささぎの
渡せる橋を われのかさなむ
(菅贈太政大臣* 『新古今集』 巻十八・雑下・1700 )
(大意) 彦星が逢瀬を待つという鵲の渡す橋を、私に貸してほしい。
それを渡って都へ行こうものを。
註] *菅原道真:右大臣の時、大宰府に左遷され、2年後に大宰府で没した
(903)。没後、993年に再評価されて“贈正一位・太政大臣”の位を授か
る。
zzzzzzzzzzzzz -3
勝長寿院を尋ねて 廊下で月を愛でている。秋の夜長 ゆっくりと月を眺めつゝ 想いに耽っていたい。どうか急いで更け行き、月の傾くことのないように と祈る気持ちである。“七月十四日”とは、旧暦の表記でしょう。
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詞書] 七月十四日の夜 勝長寿院の廊に侍りて 月さし入りたりしに詠む
ながめやる 軒のしのぶの 露の間に
いたくな更けそ 秋の夜の月 (『金槐集』 秋・174)
(大意) 軒のしのぶ草に露を置く折ふし 月をながめてもの思いをしている
が、 この秋の夜の月よ 早々に更け、傾かないでくれ。
註] ○ながめやる:物思いにふけりながら遠くをみやる; 〇ながめやる
軒のしのぶの:露を言い出すための有心の序;
〇露の間に:少しの間に。
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<漢詩>
秋月夜興趣 秋月夜の興趣(オモムキ) [上平声四支韻]
簷端瓦韋降露滋, 簷端(ノキバ)の瓦韋(シノブグサ) 露降(オ)りること滋(シゲシ),
遙遙望月浸沉思。 遙遙 月を望みて 沉思(チンシ)に浸(ヒ)たる。
莫急深夜清幽極, 急ぐ莫(ナカ)れ 夜の深けるを 清幽(セイユウ)極まらん,
漫漫秋夜興熟時。 漫漫(マンマン)たる秋夜 興(キョウ)の熟する時。
註] 〇遙遙:はるかなさま; 〇清幽:(景色が)清らかで静かである;
〇興:興趣、おもしろみ。
<現代語訳>
夜長の秋 月夜の興趣
軒端のしのぶ草に露がいっぱい下りている折、
遥かな月をながめやって 物思いに浸っている。
この清らかでしずかな夜 更けるのを急がないでくれ、
夜長の秋の夜に興が乗っているこの時。
<簡体字およびピンイン>
秋月夜興趣 Qiūyuè yè xìngqù
檐端瓦韦降露滋, Yán duān wǎ wéi jiàng lù zī,
遥遥望月浸沉思。 yáo yáo wàng yuè jìn chénsī.
莫急深夜清幽极, Mò jí shēn yè qīngyōu jí,
漫漫秋夜興熟时。 màn màn qiū yè xìng shú shí.
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勝長寿院は、頼朝が 父・義朝など源氏一門の霊を祭るために建てた寺院である。大御堂とも、また幕府御所の南に位置していることから南御堂とも呼ばれた。勝長寿院は、鶴岡八幡宮、永福寺とともに 当時、鎌倉の三大寺社の一つであったが、現在は廃寺となっている。
実朝は、折あるごとにそこを尋ね、歌を詠んでいたようである。中でも梅や桜、また月は 実朝の好んだ題材のようで、勝長寿院はじめその他処々で、多く詠む対象としている。
実朝の掲歌は、次の歌の本歌取りの歌であるとされている。
まつ恋といへる心を
君待つと ねやにも入らぬ まきの戸に
いたくなふけそ 山の端の月
(式子内親王 『新古今集』 巻十三 恋三 1204)
(大意) あなたを待って寝やにも入らず、槙(マキ)の戸の傍で過ごしている、
山の端の月よ 早々に傾き、没することのないように。
註] 〇まきの戸:杉、檜などの板でできた戸; 〇山の端の月:山の稜線
近くの月。
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