建築物はいつかは老朽化します。そういう老朽化した歴史的建造物をどう生かすか。
可能な限りそのままの形を存続させるという考えもありますが、安藤氏は積極的な再生を目指します。
(p104より引用) 私は、建築は機能をもつことで現代に適応してこそ生命をもち得るものだと考えています。歴史的建造物もまた博物館的に保存するだけではなく、現代に生き生きと機能させてやらなければ、残す意味はない。・・・過去を現代に生かしてこそ初めて、残すという行為が意味をもってくるのです。
建築物は生きて機能するものでなければ存在する意味がないとの考えのようです。
かといって、機能的でありさえすればよいとの考えでもありません。
安藤氏は大阪の出身です。阪神淡路大震災後の神戸の街の復旧を複雑な想いで見ています。
そこには、無秩序・無計画な街の姿がありました。
(p94より引用) 同じ瓦礫の山からの復興事業でも、ポーランドのワルシャワやドイツのフランクフルトなどでは、第二次世界大戦で徹底的に破壊された旧市街を、困難を充分承知の上で忠実に復元し、その歴史的な風貌をもって都市のアイデンティティとするのに成功しているのですが、日本では戦争や大災害による街の破壊が逆に再開発の絶好の機会として処されてしまうのが常です。ときに前進をやめて立ち止まること、これもまた未来に対する積極的な発言の一つとなり得るのですが、日本人はいまだその行為の価値を見出せないままでいます。
建築の未来のとの関わりは、多くの場合、都市問題・環境問題というissueとして捉えられます。
最近の安藤氏は、これらの問題についても積極的に発言しています。
(p168より引用) 環境を考えるときには、このように単に自然環境だけでなく、社会的・文化的な環境についても、それぞれの相互作用関係を踏まえて考察することが不可欠なのだと思います。自然的・生態的な環境も非常に重要ですが、それもあくまで諸条件のうちの一つなのです。
都市問題・環境問題に関しては、建築はしばしば問題化の要因のひとつとして挙げられます。
これに対して安藤氏は、「建築の負を正に転換する試み」にチャレンジしています。
たとえば、大谷石の採掘跡の地下空間をそのまま劇場とするとか、地下設備をつくるために掘り出した土砂を活用して埋立地を築くといったアイデアです。
(p166より引用) 一つの建築のプロセスで生じる負の部分を、別の方向性を与えることで正に転じさせてしまおうという、何とも欲張りな試みです。
安藤氏によると、建築家の将来形のひとつの姿は「環境プロデューサ」だと言うのです。
(p171より引用) 複数の領域を横断しながら社会の中に一つの状況を組み立てていくという意味では、その環境再生のプログラムの設定は、建築を組み立てるプロセスと非常に近いところがあります。環境の時代にその存在意義を否定されつつある建築家ですが、このような環境プロデューサーとしての役割こそ、もしかすると次の時代の建築家の職能として求められるものなのかもしれません。
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