著者の佐々淳行氏は、警察庁OBで初代内閣安全保障室長も勤めた「危機管理」の専門家です。
本書は、数々の危機管理の修羅場を経験した著者の体験談と、それに基づく危機回避のアドバイスを記したものです。
紹介されているケースはどれも記憶にあるものばかりで、そこで語られる著者の言葉にも(思想的な立場はさておき、)十分なリアリティが感じられます。
たとえば、「交渉の場」での実体験を語ったくだりです。
(p28より引用) 論理的思考ができることが知性の証だとか、リーダーの資質であるなどと思われているようですが、・・・討論や交渉の場で威力を発揮しているのは、理路整然とした三段論法でもなければ、ドイツ観念論の弁証法でもありません。支離滅裂な「理外の理」だったり、感情論だったり、利益誘導や威嚇恫喝というのが実情でしょう。
とくに国益などの理外関係に関わる討論などではその傾向が強まります。
確かに、国家間の交渉ともなると、拠って立つ事実認識の部分からズレがあるケースが多いわけですから、論理的な論法を使おうとしてもそもそも口火すら切れないということになってしまうのでしょう。そうなると勢い非論理の世界での戦いとなるのです。
さて、本書では、危機対応の場に際してのアドバイスが数多く示されていますが、その中から、これはというものをいくつかご紹介しましょう。
まずは、「ネガティブリスト」の重要性について。
(p91より引用) 何か問題が起きて発表しなければならなくなったとき、危機管理の担当者が真っ先にしなければならない仕事に「ネガティブリストの作成」があります。
ネガティブリストとは「何を言ってはいけないか」を書き出したリスト、べからず集のことです。・・・
ところが危機管理を担当したことのない人たちは「これから発表する事項10項目」のような「何を発表するか」のリスト作りを始めます。普通の官僚的な発想ではそれが当たり前なのですが、これは記者会見では役に立ちません。
その項目にないことを、必ず記者は質問してくるからです。
このあたりのアドバイスは非常に実践的です。対外対応をコントロールする要諦は、複数の口から発信される情報間の矛盾・齟齬を来たさないようにすることですが、この目的のためにも「ネガティブリスト」の共有は有効です。
かく言う、著者にも失敗はあったとのこと。
(p184より引用) 「言葉」とは実に恐ろしいものです。“口は災いの元”とよく言われるようにTPOによっては「言っていいこと」と「言ってはいけないこと」があるからです。・・・
「暴言」や「失言」の特効薬は、「あんなこと言わなきゃよかった」という理性的な反省と、タイミングのいい素直な「陳謝」です。
ただ、この「タイミング」が難しい。結果として後手を踏んでしまいがちです。だからこそ、最初から「舌禍」を招かない注意・準備が大事になるのでしょう。
もうひとつ、著者が巻末に記した「記者会見の心得10カ条」。原則論から具体的方法まで雑多で体系的に整理されてはいませんが、現実のシーンでは参考になります。
(p208より引用)
第一条=嘘は禁物
第二条=言えないことは「言えない」と言う
第三条=知ったかぶりは禁物
第四条=ミスリード的相槌を慎む
第五条=逃げない、待たせない
第六条=締め切り時間への配慮
第七条=オフレコの活用
第八条=資料は先手を打って配布する
第九条=素直な陳謝
第十条=解禁条件付きの発表方法
特に私が注意すべき心得は、第四条です。まさに著者の指摘のように、「相手の言うことは理解した」というつもりで「うなづく」ことは結構ありますから。確かに、これは誤解を与えるもとになりますね。
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