洋学紳士氏と豪傑氏、「新しずき」と「昔なつかし」の両説が揃ったところで、南海先生はこう語り始めます。
(p93より引用) 紳士君の説は、ヨーロッパの学者がその頭の中で発酵させ、言葉や文字では発表したが、まだ世の中に実現されていないところの、眼もまばゆい思想上の瑞雲のようなもの。豪傑君の説は、昔のすぐれた偉人が、百年、千年に一度、じっさい事業におこなって功名をかち得たことはあるが、今日ではもはや実行し得ない政治的手品です。・・・どちらも現在の役にたつはずのものではありません。
洋学紳士氏の理想論に対しては、こう言います。
(p97より引用) 紳士君は、もっぱら民主制度を主張されるが、どうもまだ、政治の本質というものをよくつかんでいない点があるように思われます。政治の本質とはなにか。国民の意向にしたがい、国民の知的水準にちょうど見あいつつ、平穏な楽しみを維持させ、福祉の利益を得させることです。
社会制度の段階的進歩は、民度の高まりに合わせなくてはかえって混乱を招くとの主張です。実際に民主制を導入する前に、まずは大衆に民主思想を芽生えさせるのが先だと説きます。
南海先生曰く、「思想は原因で、事業は結果」です。南海先生は進化の理法を「思想と事業の往還運動」と捉えています。
(p100より引用) 世界各国の事跡は、世界各国の思想の結果です。・・・思想が事業を生み、事業がまた思想を生み、このようにして、変転してやまないこと、これが、とりもなおさず、進化の神の進路です。
また、南海先生は、自らの外交・防衛についての考え方をこう顕かにしています。
(p108より引用) 外交上の良策とは、世界のどの国とも平和友好関係をふかめ、万やむを得ないばあいになっても、あくまで防衛戦略を採り、遠く軍隊を出征させる労苦や費用を避けて、人民の肩の荷を軽くしてやるよう尽力すること、これです。
本書は、現代文訳と原文、そして巻末に桑原武夫氏による「解説」という構成です。
その「解説」において「三酔人」の性格付けがされています。
(p261より引用) スマートな風采で、言語明晰な哲学者である洋学紳士は、西洋近代思想を理想主義的に代表する。かすりの和服を着た壮士風の論客は豪傑君とよばれ、膨張主義的国権主義を代表する。進歩はけっして一直線ではなく、まがりくねり、進むとみれば退き、退くとみれば進むとする南海先生は、理想をもちながら、その実現においては、時と場所の限定を自覚して慎重でなければならないとする現実主義を代表する。
南海先生が自らの姿勢を表した言葉です。
(p109より引用) いやしくも国家百年の大計を論ずるようなばあいには、奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというようなことが、どうしてできましょうか。
現代文訳の部分だけなら100ページ程度の本ですが、桑原氏の評価は極めて高いものがあります。
(p263より引用) 現在の日本は、平和、自由、防衛、進歩・保守、民権・国権などあらゆる重要問題において、なお『三酔人経綸問答』の示した枠内にあるといって過言ではない。・・・本書は政治思想においてのみでなく、ひろく明治の文明を代表する最高の作品ということができるであろう。
巻末の「解説」が書かれたのは1965年ですが、本書で述べられた兆民の主張は、当時でも十分通用するものだというのです。
何のことはない、2009年の現代でもまだまだ通用するようです。
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