読書案内「駅路」松本清張著
時には家庭を犠牲にし、
一生懸命働いてきた定年を迎えるその日、
机の中を整理し、私物を鞄に詰める。
大きな花束を贈られ拍手で送りだされる。
外に出て振り仰げば、
もう二度とは訪れないだろう会社の建物が黄昏の空にたたずんでいる。
駅へと続く街路樹の並木道を駅へ向かって歩く。
この道も二度とは訪れないだろう。
いつもの習慣で駅前の路地を左に折れ、馴染の酒場の暖簾をくぐる。
定年後の退屈な日々を想うと、
解っていたことだが、
退職後に備えて何も手を打たないで来た自分が急に哀れに思われた。
したたかに酔って、
もうろうとした意識で、
「俺にはもっと別な生き方があったのではないか」と、思ったりもする。
定年の日に自分の人生や生き方に思いを馳せるシーンであり、
だれにも似たような感慨深い経験があるのではないか。
この短編に登場する男もまた、別の人生を夢見て失踪し、家族の前から姿を消す。
『 銀行の営業部長を定年で退職した小塚貞一は、その年の秋の末、簡単な旅行用具を持って家を出たまま、行方不明となった。家出人捜索願を受けて、呼野刑事と北尾刑事は捜査を始める。家庭は平和と見えたし、子供も成長し、一人は結婚もした。人生の行路を大方歩いて、やれやれという境涯に身を置いていたように思える。自殺をする原因もない。自分から失踪自分から失踪したとすれば、何のためにそのような行動を取ったのか……。(ウィキペディアより)』
捜査に当たる年配の刑事が若い刑事に話しかける。
「人間だれしも、長い苦労の末、人生の終点に近い駅路に来たとき、はじめて自分の自由というものを取り戻したいのではないかね。家庭への責任を果たして、やれやれ、後の人生は俺の勝手にさせてくれ…」
大金を持って失踪した小塚の行方は一向に見えてこない。
果たして、小塚は家族を捨て別の人生を歩み始めたのか。
刑事は小塚の過去にまでさかのぼり、
彼の見えない部分に光を当てていく……
定年を迎え駅路に立った男の人生を描いていく。
ブックデーター
駅路(傑作短編集六)
新潮文庫 1965(昭和40)年刊行 第49刷
表題作他 白い闇 捜査圏外の条件 ある小官僚の抹
殺 巻頭句の女 誤差 万葉翡翠 薄化粧の女 偶数
陸行水行
(2017.6.4記) (読書案内№101)