INSIDE SORAMAME

福岡のバスのことなど・・

アナザーショット(20)

2009年09月23日 | 交通
(つづき)
「乙犬東」の記事で取り上げた「渡辺通り北」交差点。
「渡辺通り北」という交差点名について書くに際し、今も交差点名が健在かを念のため確認しに行ったときに撮影したものである。

私のように、「渡辺通り北」という名称を「おかしい」と思う人は、少数派なのだろうか…??
「早良妙見西口」「早良妙見東口」のように、本来の意味を考えるとおかしく思えても、定着してしまえば特に違和感がなくなるというのは事実なのだけど…。
(つづく)

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5 コメント

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Unknown (soramame)
2009-09-25 17:53:09
Tokyo Chikushiさん、こんにちは。
手元にある昭和36年当時の地図(「高畑本町」「高畑新町」「六月田町」などの町名も出てきます)では、「渡辺通り」という町名は、一丁目から通りに沿って北へ五丁目まで付けられています(道路の西側のみ)。
現在の一丁目~五丁目は「面」ですが、当時は全く違って、あくまで「通りに面している家屋のみ」という感じで「線」で捉えられていたようですね(通りの背後は「新開町」になっています)。
ちなみに、「薬院大通り」は、薬院六つ角から新川町のあたりまでの道路沿いが「薬院大通り」という町名になっていて、北側が一丁目、南側が二丁目となっています(こちらは通りの両端とも)。
「通り」を基準に町名を付ける方法は現在では劣勢になっていますが(福岡県では久留米市にわずかに残っていますね)、なかなか味があってよいものですね。

ねぇね♪さん、こんにちは。
ブログはじめられたんですね。
見つけたら、おじゃまさせていただくかもしれません。
返信する
渡辺通○丁目 (ねぇね♪)
2009-09-23 15:54:27
こんにちは。皆さんのように考察などはまったくできない私めですが、
「渡辺通四丁目といえば、柏原営業所」です。
答えは行ってみればわかります・・・といいたいところですが、まぁ柏原営業所へ行けば(ry ご存知の方もいるかもしれませんが、柏原営業所のバス停、元は渡辺通四丁目のバス停の再利用なんですよ。詳しくはねぇね♪のブログで・・・公開してなかった(ぁ
ネタばっかりのバスブログでよろしければ探してみてください。gooのどこかにありますよ。
返信する
Unknown (Tokyo Chikushi)
2009-09-23 14:44:24
この話題は以前にもコメントしましたが、幼時をこの近くで過ごした者としては、いまだにこだわりがあります。

「渡辺通り」というのは、元々通りの名称です。その両側の町を「渡辺通り」という町名にして、それを区割りして南から順に「一丁目」から「五丁目」までつけたのです。当時、福岡市内の町名で「○丁目」とついているのは、数えるほどしかなく、私の知るものでも、他に「竹の山」くらいしか思い当たりません。当時私が住んでいたところも、今は「高砂二丁目」ですが、当時は「高畑本町」でした。

つまり、福岡の中心に近く「○丁目」と付く町名は「渡辺通り○丁目」だけだったのでしょう。
したがって、福岡で「○丁目」といえば、頭に何も付けなくても、「渡辺通り」のことに決まっていました。
そんな中、一丁目から五丁目までの中でも、電車の分岐点ともなっている「一丁目」が最も重要な地名で、したがって、あの交差点とその周囲の町も全て含めて「一丁目」と呼ばれていたのです。電車の行き先表示も、「一丁目」行きや、「一丁目経由○○」行きなどと表示されていました。

昭和30年代後半になり、福岡市内も住居表示により地名に「○丁目」を付けることがなされるようになり、あっちこっちに「○丁目」ができたことから、皆さんの意識の中で、それまでのように「渡辺通り」だけ別格というわけにもいかなくなったのでしょう。いつの頃からか、「一丁目」が「渡辺通り一丁目」と呼ばれるようになり、それでは長いので、特に「一丁目」の地点を渡辺通りの代表とみなすように「渡辺通り」と略すようになったようです。昔友人達とした会話などから察するに、昭和50年前後からこの変化があったように思います。
この変化も無理からぬことでしょう。
この流れを受けて地下鉄の駅名も「渡辺通」になり、もうこの認識は当然とみなされていると思います。

でも古い福岡人にとっては、「一丁目」の地点をもって「渡辺通り」と称することには、どうも違和感があるのです。

でも、「薬院大通」は、昔っから、通りのことを指すのではなく、あの交差点付近の地名として使われていましたね。
また、「朝倉街道」もあの駅周辺の地名を指しており、国道386号線のことを「朝倉街道を東へ向かって…」などと使う人はまずいないでしょう。

「渡辺通」という名称も上のような歴史を経て、街の名称へと変わってきたのでしょう。
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Unknown (soramame)
2009-09-23 00:37:18
ちょんびんさん、こんにちは。

六本松大通りに関しては私も同感ですが、渡辺通りに関しては個人的には「点」よりも「線」で捉えたほうがしっくりきます。
幼い頃からRKBラジオをよく聞いていて、ハガキの宛先の「渡辺通り四丁目」が耳に残っているからか、「一丁目」だけでなく「四丁目」の印象も強いからなのかもしれません。

“「渡辺通り」というと1丁目交差点”という考えの方もおそらく多くて、交差点名を付けたのもそういう考えの方なのかもしれませんね。

個人的な先入観で書いた記事に対して、いろんな角度からいただくコメントで認識を新たにできるというのは、ブログをやっていてよかった点です(笑)。
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Unknown (ちょんびん)
2009-09-22 20:11:36
個人的には、「渡辺通り」というと1丁目交差点なので、
その北側にある交差点が「渡辺通り北」なのは、
すごくしっくり来ますw

六本松大通も、城南線と国体道路を結ぶので、
赤坂三丁目交差点まで全部六本松大通りですが、
「六本松大通」というと六本松から護国神社に向かう
結節点のあたり、と認知するのも同様かと。

だから飛島建設のあたりは六本松大通りの中央西寄りですけど、
そのへんに「六本松大通り東」なんて交差点ができても、
きっとすんなり受け入れますね、私。
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