北海道から3頭,笠松から1頭が遠征してきた昨晩の第63回平和賞。
ドリームスイーブルは少し出負け。最内からハナを奪ったリンノストーンが1馬身ほどのリードでの逃げに。単独の2番手にはシェーンリートが追走していましたが,1コーナー付近では5番手にいたヴオロスが向正面に入ってからシェーンリートの外まで上がっていきました。4番手になったのがドンビーで5番手にはジェネスガール。6番手がレオハイスピード。その後ろにドリームスイーブルとトキメキライツとなり,ミスティックリズムは取り残される形に。前半の800mは51秒4のミドルペース。
3コーナーを回るとヴオロスがさらに追い上げ単独の2番手に。しかし4コーナーで外に膨らんでしまい,直後にいたドンビーがシェーンリートとヴオロスの間を突く形に。直線に入るとわりと楽なペースで逃げていたリンノストーンが二枚腰を発揮。追い上げる各馬をむしろ突き放す形で逃げ切って優勝。ヴオロスは直線で一杯になり,ずっと最内を回ったドリームスイーブル,シェーンリート,ドンビーの3頭での2着争い。この中からは大外のドンビーが抜けて2馬身半差の2着。4分の3馬身差の3着にシェーンリートでドリームスイーブルはクビ差の3着。
優勝した北海道のリンノストーンは7月に3戦目で未勝利を脱出した後,8月に5戦目となった認定競走で2勝目。前走の北海道重賞は6着。北海道ではトップクラスとはいい難く,特筆すべき時計もありませんでしたが,今年の北海道の2歳馬のレベルは高いので,このくらいの実績でも勝つチャンスがあるとみていました。好枠からあまり厳しくないペースで逃げることができたのが最大の勝因かと思いますが,このくらいの実績の馬で勝てますから,この後,南関東に転入してくるより実績の高い北海道の2歳馬は軽視するのは禁物だといえるでしょう。父は2012年に目黒記念を勝ったスマートロビンでその父はディープインパクト。母の父はアドマイヤドン。はとこに2003年にグランシャリオカップを勝ったエコルプレイスと2006年に兵庫ジュニアグランプリを勝ったトロピカルライトの兄弟。
騎乗した大井の真島大輔騎手は昨年2月の報知グランプリカップ以来となる南関東重賞21勝目。平和賞は初勝利。管理している北海道の林和弘調教師は第49回以来14年ぶりの平和賞2勝目。
フラットな意味でスピノザの哲学が汎神論といわれるなら,それがどういう意味でなければならないかということについては,僕の考え方として示すことにします。

この場合の基軸となるのは第一部定理一六です。そしてなぜこれが基軸となるというのかといえば,第一には第一部公理一の意味により,自然のうちに存在するのは実体substantiaおよびその属性attributumであるか,そうでなければ様態modusであるかのどちらかであり,第二に第一部定理一四により,存在する実体は神Deusだけであるからです。つまり自然のうちに存在するのは神であるか様態であるかのどちらかです。ところで様態とは第一部定義五により実体の変状substantiae affectioのことなのですから,これを合わせれば,自然のうちには神と神の変状以外に何も存在しないということになります。他面からいえば存在する神以外のものはすべて神の変状あるいは様態的変状modificatioに様態化した神なのです。つまり存在する神以外のものは様態的変状に様態化した神であり,これがスピノザの哲学が汎神論といわれる場合の真の意味でなければならないというのが僕の考えです。
この基軸となっている部分のうち,神の本性から無限に多くのものが生じるという点に関しては,本来的には神学的観点の立場の人間も否定することはできないだろうと僕は思います。少なくともそれを否定するなら,むしろスピノザの方が神を肯定し,否定する者は神をスピノザよりは部分的に否定しているということになるであろうからです。よってこの意味において,スピノザの哲学における神を批判することは,少なくとも神学的立場からの批判としては的外れであると僕は考えます。
ただし,スピノザの哲学が神学的観点から批判をされることに,何らの理由もないとは僕は考えません。というのは,このスピノザの考え方というのは,第一部定理一五とも密接に絡み合うからです。ここにあるように,神なしには何もあることはできないということと,すべてのものは神のうちにあるということは,同等の意味なのです。したがって,神の外というのは存在しないというのがスピノザの哲学の原則のひとつです。こういう考え方は一般に内在論といわれます。
ドリームスイーブルは少し出負け。最内からハナを奪ったリンノストーンが1馬身ほどのリードでの逃げに。単独の2番手にはシェーンリートが追走していましたが,1コーナー付近では5番手にいたヴオロスが向正面に入ってからシェーンリートの外まで上がっていきました。4番手になったのがドンビーで5番手にはジェネスガール。6番手がレオハイスピード。その後ろにドリームスイーブルとトキメキライツとなり,ミスティックリズムは取り残される形に。前半の800mは51秒4のミドルペース。
3コーナーを回るとヴオロスがさらに追い上げ単独の2番手に。しかし4コーナーで外に膨らんでしまい,直後にいたドンビーがシェーンリートとヴオロスの間を突く形に。直線に入るとわりと楽なペースで逃げていたリンノストーンが二枚腰を発揮。追い上げる各馬をむしろ突き放す形で逃げ切って優勝。ヴオロスは直線で一杯になり,ずっと最内を回ったドリームスイーブル,シェーンリート,ドンビーの3頭での2着争い。この中からは大外のドンビーが抜けて2馬身半差の2着。4分の3馬身差の3着にシェーンリートでドリームスイーブルはクビ差の3着。
優勝した北海道のリンノストーンは7月に3戦目で未勝利を脱出した後,8月に5戦目となった認定競走で2勝目。前走の北海道重賞は6着。北海道ではトップクラスとはいい難く,特筆すべき時計もありませんでしたが,今年の北海道の2歳馬のレベルは高いので,このくらいの実績でも勝つチャンスがあるとみていました。好枠からあまり厳しくないペースで逃げることができたのが最大の勝因かと思いますが,このくらいの実績の馬で勝てますから,この後,南関東に転入してくるより実績の高い北海道の2歳馬は軽視するのは禁物だといえるでしょう。父は2012年に目黒記念を勝ったスマートロビンでその父はディープインパクト。母の父はアドマイヤドン。はとこに2003年にグランシャリオカップを勝ったエコルプレイスと2006年に兵庫ジュニアグランプリを勝ったトロピカルライトの兄弟。
騎乗した大井の真島大輔騎手は昨年2月の報知グランプリカップ以来となる南関東重賞21勝目。平和賞は初勝利。管理している北海道の林和弘調教師は第49回以来14年ぶりの平和賞2勝目。
フラットな意味でスピノザの哲学が汎神論といわれるなら,それがどういう意味でなければならないかということについては,僕の考え方として示すことにします。

この場合の基軸となるのは第一部定理一六です。そしてなぜこれが基軸となるというのかといえば,第一には第一部公理一の意味により,自然のうちに存在するのは実体substantiaおよびその属性attributumであるか,そうでなければ様態modusであるかのどちらかであり,第二に第一部定理一四により,存在する実体は神Deusだけであるからです。つまり自然のうちに存在するのは神であるか様態であるかのどちらかです。ところで様態とは第一部定義五により実体の変状substantiae affectioのことなのですから,これを合わせれば,自然のうちには神と神の変状以外に何も存在しないということになります。他面からいえば存在する神以外のものはすべて神の変状あるいは様態的変状modificatioに様態化した神なのです。つまり存在する神以外のものは様態的変状に様態化した神であり,これがスピノザの哲学が汎神論といわれる場合の真の意味でなければならないというのが僕の考えです。
この基軸となっている部分のうち,神の本性から無限に多くのものが生じるという点に関しては,本来的には神学的観点の立場の人間も否定することはできないだろうと僕は思います。少なくともそれを否定するなら,むしろスピノザの方が神を肯定し,否定する者は神をスピノザよりは部分的に否定しているということになるであろうからです。よってこの意味において,スピノザの哲学における神を批判することは,少なくとも神学的立場からの批判としては的外れであると僕は考えます。
ただし,スピノザの哲学が神学的観点から批判をされることに,何らの理由もないとは僕は考えません。というのは,このスピノザの考え方というのは,第一部定理一五とも密接に絡み合うからです。ここにあるように,神なしには何もあることはできないということと,すべてのものは神のうちにあるということは,同等の意味なのです。したがって,神の外というのは存在しないというのがスピノザの哲学の原則のひとつです。こういう考え方は一般に内在論といわれます。