新春の南関東重賞第一弾の第44回オールスターカップ。このレースは全国地方競馬交流で,勝ち馬には川崎記念への出走権が与えられます。今日は僕も川崎競馬場まで出向いたのですが,混雑していて風邪をひくことを恐れ,レースは見ずに帰ってしまいました。
先手を奪ったのはエスプリベン。その後ろにミツアキタービン,ビッググラス,マルヨフェニックス,ガッサンプリンス,レッドドラゴンといった有力馬が続きましたが,途中からペースががくんと落ちたためか,どれもこれも引っ掛かり気味の追走でした。
3コーナーの手前あたりからまたペースアップ。逃げたエスプリベンも含めて脱落する馬はなく直線へ。結局,余裕をもって逃げていたエスプリベンがどの馬にも並ばれるところまでいかずに逃げ切って優勝。最内を追走していたガッサンプリンスがうまく捌いて2着。ペースアップしたところでは最も追走に苦労した感じのレッドドラゴンが,直線では盛り返してこれに迫る3着という結果になりました。
優勝したエスプリベンは前走のハッピーエンド特別からの連勝。昨年4月のクラウンカップを勝っている馬で,南関東重賞は2勝目。今日は最初に行く構えをみせてほかを控えさせ,その後でスローに落とした川崎の山崎誠士騎手の好騎乗。有力馬が互いに牽制し合い,ノーマークの逃げになったのも幸いし,メンバー的には金星を上げた格好です。その山崎誠士騎手は一昨年のかきつばた記念を勝っていますが,南関東重賞はこれが初制覇ではないでしょうか。
有力馬は2着から6着までを占めました。このうち2・3着の南関東勢と4・5着の笠松勢は,通ったコースの差が着順に表れた印象。6着のビッググラスはさすがに距離が長かったでしょうか。
個人的にもノーマークの馬に逃げ切られ,骨折り損となってしまいました。
第三部諸感情の定義三の中で最も注意しておかなければならない点は,大なる完全性から小なる完全性への移行が悲しみであるといわれていることだと思います。実際のところ,大なる完全性も小なる完全性も,それらを互いに比較せずに,もしもそれ単独でみるならば,ひとつの完全性であるという点において何ら相違はありません。したがって,小なる完全性それ自体が悲しみであり,逆に大なる完全性それ自体が喜びであるということはできません。これはこの定義の後でスピノザも説明していることで,問題なく理解できることではないかと思います。
一方,たとえばAとBを比較し,Aの方が完全性に勝っているから,Bの方が悲しみでありAの方が喜びであるということも,ただそれだけでいうならば明らかに誤りです。なぜなら,悲しみという感情は,第三部定理七の現実的本性に依拠していわれるわけですから,これは個人個人の問題でなければならないからです。よってある人間が大なる完全性から小なる完全性へ移行する場合にのみ,それははじめて悲しみであるということができるのです。もっともこのことは,個々の事物の実在性とは,力という観点からみた限りでの事物の本性にほかならないという,本性と実在性の考え方を導入すればさらに明瞭でしょう。AとBが異なるものである限り,それは異なる本性を有し,したがって有する実在性もまた異なるのは当然です。AにはAの,BにはBの本性の完全性があるのであって,これはそれぞれの完全性ですから,この限りではAもBもそれぞれAとして,またBとして完全であるといわれなければなりません。よってたとえこの場合にAの完全性がBの完全性に優れていても,それがBの悲しみに直接的に結びつくものではないということは,きわめて当然のことであるといえるからです。
先手を奪ったのはエスプリベン。その後ろにミツアキタービン,ビッググラス,マルヨフェニックス,ガッサンプリンス,レッドドラゴンといった有力馬が続きましたが,途中からペースががくんと落ちたためか,どれもこれも引っ掛かり気味の追走でした。
3コーナーの手前あたりからまたペースアップ。逃げたエスプリベンも含めて脱落する馬はなく直線へ。結局,余裕をもって逃げていたエスプリベンがどの馬にも並ばれるところまでいかずに逃げ切って優勝。最内を追走していたガッサンプリンスがうまく捌いて2着。ペースアップしたところでは最も追走に苦労した感じのレッドドラゴンが,直線では盛り返してこれに迫る3着という結果になりました。
優勝したエスプリベンは前走のハッピーエンド特別からの連勝。昨年4月のクラウンカップを勝っている馬で,南関東重賞は2勝目。今日は最初に行く構えをみせてほかを控えさせ,その後でスローに落とした川崎の山崎誠士騎手の好騎乗。有力馬が互いに牽制し合い,ノーマークの逃げになったのも幸いし,メンバー的には金星を上げた格好です。その山崎誠士騎手は一昨年のかきつばた記念を勝っていますが,南関東重賞はこれが初制覇ではないでしょうか。
有力馬は2着から6着までを占めました。このうち2・3着の南関東勢と4・5着の笠松勢は,通ったコースの差が着順に表れた印象。6着のビッググラスはさすがに距離が長かったでしょうか。
個人的にもノーマークの馬に逃げ切られ,骨折り損となってしまいました。
第三部諸感情の定義三の中で最も注意しておかなければならない点は,大なる完全性から小なる完全性への移行が悲しみであるといわれていることだと思います。実際のところ,大なる完全性も小なる完全性も,それらを互いに比較せずに,もしもそれ単独でみるならば,ひとつの完全性であるという点において何ら相違はありません。したがって,小なる完全性それ自体が悲しみであり,逆に大なる完全性それ自体が喜びであるということはできません。これはこの定義の後でスピノザも説明していることで,問題なく理解できることではないかと思います。
一方,たとえばAとBを比較し,Aの方が完全性に勝っているから,Bの方が悲しみでありAの方が喜びであるということも,ただそれだけでいうならば明らかに誤りです。なぜなら,悲しみという感情は,第三部定理七の現実的本性に依拠していわれるわけですから,これは個人個人の問題でなければならないからです。よってある人間が大なる完全性から小なる完全性へ移行する場合にのみ,それははじめて悲しみであるということができるのです。もっともこのことは,個々の事物の実在性とは,力という観点からみた限りでの事物の本性にほかならないという,本性と実在性の考え方を導入すればさらに明瞭でしょう。AとBが異なるものである限り,それは異なる本性を有し,したがって有する実在性もまた異なるのは当然です。AにはAの,BにはBの本性の完全性があるのであって,これはそれぞれの完全性ですから,この限りではAもBもそれぞれAとして,またBとして完全であるといわれなければなりません。よってたとえこの場合にAの完全性がBの完全性に優れていても,それがBの悲しみに直接的に結びつくものではないということは,きわめて当然のことであるといえるからです。
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