スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ナイスランディング&経験的観点

2010-05-15 19:14:41 | 血統
 先日の天皇賞を勝ったジャガーメイルの曽祖母はナイスランディングという馬で,この馬がジャガーメイルの日本での母系祖先にあたります。ファミリーナンバー1-w
                     
 この系統からの大レースの勝ち馬は初。これまでのこの一族最大の活躍馬は,僕の競馬キャリアの中でも初期に重賞を4勝したイクノディクタス。重賞4勝のうち3勝が5歳のときにあげたもので,この年,1992年にはJRA賞の最優秀古馬牝馬に選出されています。大レースは勝てなかったものの,翌年には安田記念でヤマニンゼファーの,宝塚記念ではメジロマックイーンの,それぞれ2着になりました。
 イクノディクタスとジャガーメイルは同じ一族とはいえ,両馬の日本での母系祖先となるナイスランディングで初めて祖先が一致しますので,関係としてはかなり遠め。ジャガーメイルにわりと近いところでは一昨年のスワンステークスなど重賞2勝をあげている同い年のマイネルレーニアがいて,この2頭はそれぞれの母が姉妹ですので,従兄弟という関係になります。
 イクノディクタス以降は,この一族からはマイネルレーニアまで重賞の勝ち馬が輩出しませんでした。しかしすぐにジャガーメイルが登場したわけで,競馬ではこういう場合にはさらに活躍する馬が続出するというケースもあります。これからしばらく,この一族を出自とする馬たちには注目の必要があるかもしれません。

 論理的に考えますと,なぜ僕たちは尿意は観念ideaそれ自体として,逆に我慢の思惟の様態cogitandi modiについてはそれを意志作用volitioとして意識するのかは,仮説めいたものを立てることができるだけであって,僕の手には負えない難問です。ただ,論理的な面を重視せずに,経験的な側面からのみこのことを考えるなら,次のように考えるのも僕にはリアルに感じられます。
 僕が第三部定理二を経験的な角度から分析したのは,一般的には人間は自らの意志voluntasによって自分の身体corpusをある運動motusないしは静止quiesに決定できると思い込んでいるけれども,それは誤りerrorであるということを例示するためでした。しかしこの思い込みが,このことと大きく関係しているように考えることができるのです。
 僕たちが排尿を我慢する意志作用を精神mensのうちに有するのは,我慢の秩序によります。すなわち尿意以外の外部の物体corpusの知覚perceptioがこれと大きく関係します。これをこの知覚によるひとつの判断,と考えるなら,それは現時点の状況下においては排尿をなさない方がよいという判断になるでしょう。そこで例の思い込みにより,排尿を我慢する意志作用というのを強く意識するようになるのです。つまりこの意志作用によって排尿という運動をなさないように自分の身体を決定できると思い込むからです。
 逆に,このときに尿意を観念としてではなくむしろ意志作用として意識すれば,すでに説明したようにこの意志作用は排尿という運動を肯定しますから,この意志作用によって身体は運動に決定され,実際にそこで排尿という運動をなしてしまう,つまり排尿の分節でいえば放尿をすると思い込むことになります。これは前述の判断と矛盾しています。よって人間はこの場合には尿意を観念として意識し,意志作用としては意識しないということになるのです。

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