犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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LGBT用語集 タチネコ篇

2015年11月13日 | LGB&T
[あらすじ] ギョーカイにはギョーカイ用語がある。


隠語というのはそれだけでなにか隠微な雰囲気が漂うものだ。
ストレートのことは異性愛者と言えばわかりやすいところを、
ノンケなんて言う。
仲間うちでしか通じない言葉を使うことは、仲間同士の共通意識とか結束とかが
あるように感じさせるので、心地良い。
しかし、少数者側とは言え、同族のみでかたまるのは、結局は差別の裏返しだ。

というわけで、隠語破綻プロジェクト発動。
ギョーカイ用語をみんなが知れば、それはもう隠語ではなくなってしまう。
閉じた言葉ではなくしてしまえば、言葉にまつわる意識も変化するのではないか?
という、ちょっと無理もありそうな発想から、LGBT用語集を続けてみようじゃないか。
(と、いま書いてて思い付いた。)



LGBTのLG。レズビアンとゲイ。つまり同性愛者。
同性愛の構造も、様々な面があって、あれこれ考えるとたいへん面白い。
タチは男役、ネコは女役、とよく説明される。
なあんだ、同性愛も、異性愛の型を取ってるんじゃないか、と思う。
では男女という表現を離れようということか、最近ではタチネコと言わず、
セメ、ウケ、という言い方をしたりする。
能動的にするひと、受動的にされるひと、という感じだ。

今までも何度か触れてきたが、私が二十代の頃はレズビアン・フェミニズムという
考え方が勢いを増していた。
女性の主権、男女平等を言うフェミニズムと、レズビアンが結びついたのだ。
レズビアニズム、なんてひとたちも現れたくらいだ。
男女同権をつきつめたら同性愛にたどり着いた。って、私には
なんのことやら理解しにくい。
少なくとも、私は自分の意志で選択して女性が好きなわけではない。

レズビアン・フェミニズムのひとにしてみれば、
男女の性愛を思わせる、タチネコという関係もよろしくない、ということになった。
くどいようだが、性行動は思想から起こるものではないと私は思う。

ところで、タチネコなりセメウケなりの役割が固定しているひともいるが、
どちらでもよいというひともいる。
そういうひとをリバと呼ぶ。
裏返しても着られる服をリバーシブルなんて言うが、あのリバだ。
相手によって変わったり、相手の性別によって変わったり、
リバ同士だったり。
これならフェミニストもOKだな。



読者にとって、初めて知ることがちょっとあったなら、
私としてはめっけもんです。

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