2023年5月10日 長崎県
崇福寺(国宝・大雄宝殿)
長崎県長崎市鍛冶屋町
福州地方の唐人たちの希望で、1629年に渡来した唐僧超然により創建された崇福寺は福州寺とも呼ばれ、竜宮門を思わせる三門や珍異奇巧を極めている第一峰門があります。
殿堂内の仏像仏具類は、いづれも中国人名匠の手によるもので、明朝末期文化の縮図といえるものです。
第一峰門と大雄宝殿は国宝に指定され、その他にも国指定重要文化財、県指定有形文化財、市指定有形文化財を多数もつ文化財の宝庫です。
長崎の唐寺の特色は媽祖堂(まそどう)をもつことで、唐船主たちが航海安全を祈願して祀ったものです。媽祖とは海の神様のことで、中国建築様式と和様が違和感無く調和しています。
▼三門(楼門)重要文化財 1849年再建
▼第一峰門(国宝)
唐門とも呼ばれる。入母屋造本瓦葺の四脚門で、各部材を中国で切組んで運んだと伝え、中国明代末期の建築様式を忠実に伝えた遺構として貴重。華麗な着色を施した組物が珍しい。
▼媽祖堂
寛政6年(1794)唐船主からの砂糖1万斤の代銀12貫目で再建された。基壇(きだん)上の勾欄(こうらん)・前廊の黄檗(おうばく)天井・半扉(はんとびら)その他の黄檗様式と和様の細部様式とが混在している。
▼媽祖門 重要文化財
▼護法堂
大梁(おおばり)下面の墨書(ぼくしょ)により享保16年(1731)の建立と知る。
柱上部の籐巻(とうまき)・挿肘木(さしひじき)・扇垂木(だるき)・半扉(はんとびら)・黄檗(おうばく)天井などに黄檗様式があり、柱礎石の彫刻模様も中国工匠の作と思われるが、妻飾(つまかざ)りは和様で日本人工匠の参加が看取される。
▼大釜
延宝8(1680)年に起きた不作を受け、長崎で大飢饉が起きた際に作られたとされている大釜。
その飢饉が長引いたため、当時の住職が天和2年(1682)この大釜を造らせ、住職が粥を炊き、多くの難民を救ったといわれています。
cosmophantom
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます