コスモのフォトアルバム

旅の記録 五街道ウォーク中!旧東海道、旧甲州街道、旧中山道を完歩。只今、日光街道に挑戦中!    

洲崎灯台~千葉県館山市洲崎

2015-10-31 05:31:22 | 灯台

2015年10月4日 千葉県

洲崎灯台

千葉県館山市洲崎

洲埼灯台(すのさきとうだい、英語: Sunosaki Lighthouse)は房総半島南部で最も西の場所にある灯台である。住所は千葉県館山市洲崎1043番地。円筒形のコンクリートで建てられ、地上 - 頂部は15メートル、海面 - 灯火は45メートルである。1919年(大正8年)に点灯した。洲埼灯台は、三浦半島最南端の東端にある剱埼灯台(つるぎざきとうだい)と共に東京湾へ出入りする船舶の目印となっており、同灯台とを結んだ線をもって東京湾の境界をなす。なお、房総半島の最南端にあるのは野島埼灯台で、三浦半島の南端の西端には城ヶ島灯台がある。

    

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野島崎灯台とサンセット~千葉県南房総市

2015-10-30 05:46:19 | 灯台

2015年10月3日 千葉県

野島崎灯台とサンセット

千葉県南房総市白浜町白浜

この灯台は、開国の歴史を飾る慶応2年にアメリカ、イギリス、フランス、オランダの四ヶ国と結んだ 「江戸条約」によって建設を約束された八っの灯台のひとつです。野島埼は東京湾に出港する船舶に とって江戸時代から大切なポイントとして重要視されてきました。開国に際し、洋式の灯台を建設するに当たって、 明治2年1月1日に、ー番最初に点灯した対岸の観音崎に呼応して、明治2年1月10日、木造四角櫓型の仮灯台を点灯し、 2月14日本灯台の工事にかかり、12月18日に完成しました。当時の灯台は、白色八角形のレンガ造りで、 基礎から灯火まで30メートル・フランス製の第一等フレネルレンズと石油灯器の6、500燭光でした。 残念ながら、関東大震災の時に、地上6メートルで折損、大音響と共に倒壊してしまいました。 現在の鉄筋コンクリートの灯台は、その時の復旧工事によったものです。 その後、電化され現在73万燭光の光りを放ち、光達距離は17海里となっています。 燈光会ホームページより

 

  

 

白い灯台がだんだんと夕日に染まってきた

房総半島最南端の地

ちなみに 本州最南端は潮岬(和歌山県串本町)、四国最南端は足摺岬(高知県土佐清水市)、九州最南端は佐多岬(鹿児島県南大隅町)、そして日本最南端は沖ノ鳥島(東京都小笠原村)

 

2015-10-30 05:46:19

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鋸山~千葉県安房郡鋸南町

2015-10-29 05:46:46 | 自然

2015年10月3日 千葉県

鋸山

千葉県安房郡鋸南町

標高は329.4m。 房総丘陵の一部分を占めるが、内陸部よりも海岸線(東京湾)に近い。山は凝灰岩から成り、建築などの資材として適している。そのため古くは房州石と呼ばれ、良質石材の産地として、江戸時代から盛んに採石が行われた(石切場跡は現在も残存する)。結果、露出した山肌の岩が鋸の歯状に見えることからこの名で呼ばれるようになった。 Wikipedia

  

浜金谷

 

▲富士山
  

▼百尺観音

世界戦争戦死病没殉難者供養と交通犠牲者供養のために発願され、昭和35年から6年の歳月をかけて昭和41年にかつての石切場跡に彫刻完成されました。航海、航空、陸上交通の安全を守る本尊として崇めらています。

百尺だから、高さは30mくらいなのだろう

 

▼地獄のぞき

山頂展望台にある地獄のぞきからは東京湾および房総半島、富士山等が見渡せます。

もし、崩れたらと思ってしまうでしょ?

※ スターウォーズでの全地形対応装甲トランスポートの頭部に似ていないか?

 

 地獄のぞきからしたを見るとこんな感じ

千五百羅漢
  

▲イワタバコ 

▼大仏(日本寺)

薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい) は世界平和、万世太平を祈願し、天明三年(1783年)に大野甚五郎英令が27人の門徒と岩山を3年かけて彫刻したものが原型です。その後昭和41年に4カ年にわたって修復されました。

 

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大山棚田~千葉県鴨川市釜沼

2015-10-28 05:46:50 | その他

2015年10月3日 千葉県

大山棚田

千葉県鴨川市釜沼

地元農家が代々守ってきた昔ながらの棚田の風景を見学できる。春には緑の苗代、秋には黄金色の稲穂が風にそよぐ光景は日本棚田100選に選ばれる見事なもので、訪れる人々の目を楽しませてくれる。棚田で収穫される長狭米は、全国米づくり100選にも選定されており、色艶や旨味などで高い評価を得ている。の斜面に幾重にも続く昔ながらの田園風景。 じゃらん

 

 

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海ホタル(東京湾アクアライン)

2015-10-27 05:39:40 | その他

2015年10月2日 千葉県

海ホタル(東京湾アクアライン)

千葉県木更津市

神奈川県・川崎と千葉県・木更津を結ぶ東京湾アクアラインのほぼ中間点に位置するパーキングエリアで東京湾を360度一望できる。海底トンネルと海上道路の境目にある。平成25年4月にグランドオープンをし、さらに充実した内容となっています。じゃらん

※ ゴルフ三昧のO氏、歳を重ねるごとに酒好きになったK氏、10代から酒好きのI氏、世界を股にかけた元ホテルマンのI氏とその奥様、と酒が飲めない当方。この5人との付き合いはとても長い。。。。。今回は千葉観光!6人旅は五反田から始まりました。 海ホタルで一休み

  

▲ゲートブリッヂ

※大山の千枚田へ

2015-10-27 05:39:40

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富士山初冠雪(2015年10月25日撮影)

2015-10-26 05:48:32 | 自然

2015年10月25日 東京都大田区にて

富士山初冠雪

甲府地方気象台は11日午後、富士山の「初冠雪」を観測したと発表した。平年より11日遅く、昨年より5日早い。新聞記事より

※ 初冠雪が発表されてから、その様子を撮影しようとチャンスを狙っていましたが、気象条件が悪く、撮影できたのは10月25日になりました。雪は南側が消えてしまっていましたが、北側にまだ残っていました。まもなく寒い冬がやって来ます。

トリミングしてみた

映像が悪いのはカメラの機能が悪いためとしておこう^^

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保原駅(阿武隈急行)・~福島県伊達市保原町

2015-10-25 09:14:12 | 鉄道・駅

2015年10月24日 福島県

保原駅(阿武隈急行)

福島県伊達市保原町

阿武隈急行の保原駅から福島駅へ。親戚宅訪問した帰り。保原駅は旧伊達郡役所を模した造りとのこと

 

ここ保原はかってメリヤス産業が盛んでしたが、今は衰退しているだろう。

 ▲このあたりではシンボル的な存在の「半田山」

 

 

写真左は旧伊達郡役所。Wikipediaより転写したものです。

総二階建で、塔屋を頂く大規模な疑洋風様式による近代役所建築。明治12年に保原町に設置されたが、桑折町の有志が誘致運動を行ったことにより、明治16年4月に本町に移された。建築当初その威容を示していた塔屋は振動が大きい理由で明治20年解体撤去されていたが、昭和54年の工事によって塔屋が復元された。昭和52年6月27日、国指定文化財指定。桑折町ホームページより

※なるほど保原町駅は旧伊達郡役所に似ている。

 

 親戚宅の柿畑。以前は林檎と桃を栽培していたが、手間がかかるため柿作に転作したとのことでした。

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二本松市で見かけた土蔵蔵
 

土壁のヒビがいいね~

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長野2015

2015-10-24 20:58:40 | 旅行

2015年9月23・24日 長野県

長野2015

▲木曽平沢 重要伝統的建造物群保存地区:長野県塩尻市大字木曽平沢

▲稲荷山 重要伝統的建造物群保存地区:長野県千曲市稲荷山

▲ 長谷寺:長野県長野市篠ノ井塩崎

▲▼松本城:長野県松本市

▲縄手通り:松本市

▲ 中町の街並み:長野県松本市

▲別所温泉駅:長野県上田市別所温泉

▲安楽寺 国宝 木造八角三重塔:長野県上田市別所温泉

▲石造多宝塔 重要文化財:長野県上田市別所温泉

▲柳町の街並み:長野県上田市

▲上田城 100名城:長野県上田市

▲海野宿 重要伝統的建造物群保存地区:長野県東御市本海野

▲小諸城址(懐古園) 100名城:長野県小諸市

 

▲小諸宿本陣主屋:長野県小諸市

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小諸 もろもろ

2015-10-23 05:45:27 | 町並み

2015年9月23日 長野県

小諸 もろもろ

長野県小諸市

小諸市は、長野県東部にある都市です。小諸藩の城下町であった小諸には、島崎藤村が“小諸なる古城のほとり”と詠った「小諸城」があります。石垣に囲まれた「大手門」は、平成の大修復を終えて江戸時代1600年ごろの姿がよみがえりました。その荘厳さは、前に立つと足がすくむほどですよ。その「小諸城」を含む「懐古園」は、大ケヤキと四季折々の風景や、園内に点在する文化施設もあり、・・・・・・・・・・・Find Traveru より

※ 漆器の木曽平沢、今でも蔵が残る稲荷山、ライトアップされた松本城、蔵が並ぶ中町(松本市)、別所温泉にある国宝の安楽寺木造八角三重塔、来年は大賑わいになるだろう上田市(上田城)、うだつのある家が見所の海野宿などなどを巡った旅も小諸で終わり。小諸駅から軽井沢駅へ向かい長野新幹線で東京へ。駆け足の2日間でした。

 

▲小諸駅

▲小諸駅前

▲大手門

▲くらしかる浪漫館

▲小諸城址(懐古園)

▲小諸宿本陣主屋
 

 

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小諸宿本陣主屋~長野県小諸市大手

2015-10-22 05:31:54 | 建築物(洋館以外)

2015年9月23日 長野県

小諸宿本陣主屋

長野県小諸市大手

本陣主屋は、小諸宿を通る参勤交代の大名などが休泊した建物で、旧部材を可能なかぎり使用し、間取り、寸法なども当時に忠実に移築再現されています。小諸市観光協会

かつて、加賀百万石の前田候など各地の大名や京都の公家を迎えた由緒ある建物です。この建物は、明治の初めに佐久市の桃源院に移築され、庫裡などとして使われていましたが、寺院を新築するにあたり、小諸市に寄贈され、その威容をあらわしました。どっしりとした落ち着いた作りの建物ですが、玄関の屋根の曲線が快いアクセントになっています。小諸市ホームページ

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小諸城址(懐古園)100名城~長野県小諸市

2015-10-21 05:32:04 | 100名城

2015年9月23日 長野県

小諸城址(懐古園) 100名城

長野県小諸市

小諸城は、武田信玄のころ山本勘助らにより現在の縄張りとし、豊臣秀吉天下統一のとき小諸城主となった仙石秀久により完成された城です。城下町より低い位置に城を築いた「穴城」は全国でも珍しい城で「日本百名城」でもあります。仙石秀久が築いた「大手門」や野面石積みの石垣は400年前のまま当時の姿で残されています。 また、明治の廃藩置県により役割を終えた小諸城は、本丸跡に「懐古神社」を祀り「懐古園」と名付けられました。現在の「三の門」に掲げられた扁額は徳川宗家16代当主・徳川家達の筆によるものです。 小諸市観光協会

懐古園入り口の三の門(1615年建設、1765年再建)、小諸市街にある大手門は当時の遺構で、この2つの門は国の重要文化財となっている。

 

▼小諸城大手門  重要文化財

慶長17年(1612年)仙石秀久が築いた小諸城・大手門。
実戦的な城門で、華美な装飾をはぶいた質実剛健な建築は、東日本を代表する大手門建築の一つです。平成の大修理を終え、仙石秀久創建当時の姿に甦りました。小諸市観光協会

▲くらしかる浪漫館

▼三の門から入城

  

  

このあたりの石垣は1984年復元されたとのこと

 

▲二の丸跡への階段

▲二の丸跡

 

石垣は当時のものか、復元されたものかは不明
 

▲ 白く輝いているのが千曲川

▼武器庫
 

 

  

????

▲鏡石:山本勘助が小諸城築城の時に研磨したと伝えられている
 

▲天満宮

 

▲お駕籠台跡

▲樹齢500年(推定)

▲黒門跡

▲黒門跡

▲紅葉谷

▲南丸跡

▲稲荷神社

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海野宿2015(重要伝統的建造物群保存地区)~長野県東御市本海野

2015-10-20 05:37:53 | 重要伝統的建造物群保存地区

2015年9月23日 長野県

海野宿2015 重要伝統的建造物群保存地区

長野県東御市本海野

海野宿は寛永2年(1625)に北国街道の宿駅として開設されました。北国街道は、中山道と北陸道を結ぶ重要な街道でした。佐渡で採れた金の輸送、北陸の諸大名の参勤交代のほか、江戸との交通も頻繁で善光寺への参詣客も多くありました。寛保2年の大洪水によって隣接する田中宿が被害を受け、本陣が海野宿へ移されてからは、伝馬屋敷59軒、旅籠23軒と、たいへんな賑わいを呈していました。明治に入り宿場機能が失われてからは、養蚕の村へと移り変わりました。海野宿は伝統的な家並みが現在まで保存されていることから、昭和61年には「日本の道百選」に、62年には「重要伝統的建造物群保存地区」に選定を受けています。 東御市観光協会

▼見事な卯建(袖うだつ)

 

▼ 本陣跡

     

   

 

      

  

 

▲白鳥神社
    

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海野宿2017

2015-10-20 05:37:53

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上田(長野県上田市)の町並み

2015-10-19 05:45:00 | 町並み

2015年9月23日 長野県

上田(長野県上田市)の町並み

上田駅前~柳町~上田城~上田駅前

上田市:中央には日本最長の千曲川(信濃川)が流れ、菅平高原や美ヶ原高原の雄大な自然に囲まれている上田市は、信州の政治と文化の中心として千二百年余の歴史が脈々と流れ続けるまちです。そして、徳川の大軍を二度にわたって退けた智将・真田昌幸公や、大坂の陣での奮闘ぶりから日本一の兵(ひのもといちのつわもの)と称えれた真田幸村公ら真田氏の歴史浪漫が薫るまちでもあります。  信州上田観光情報

 

▲上田大神宮
 

▲柳町

▲▼上田藩主屋敷門と堀跡

▲上田城
 

2015-10-19 05:45:00

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上田城2015(100名城)~長野県上田市

2015-10-18 05:52:05 | 100名城

2015年9月23日 長野県

上田城2015 100名城

長野県上田市

1583年、甲斐武田氏の旧臣・真田昌幸が築いた平城である。上田盆地北部、千曲川の分流である尼ヶ淵に面していたことから「尼ヶ淵城」と呼ばれることもあった。 北に太郎山、南に千曲川といった自然の要塞を持ち、さらに城の北と西に矢出沢川を引き込んで総構えとしている。唯一の攻め口である東側にも蛭沢川や湿地帯がある。 第二次上田合戦後、関ヶ原の戦いで真田昌幸、信繁(幸村)が属した西軍が敗れたため、上田城は徳川軍に徹底的に破却された。現在の遺構は、真田氏が信濃国松代に転封されたのちに入城した仙石氏によって再建されたものである。

二の丸橋から入城

▼上田城東虎口櫓門へ

▲ 上田城東虎口櫓門 右:北櫓 左:南櫓 ・・・これらは平成6年3月に復元

▲上田城東虎口櫓門と南櫓

▲南櫓

 

真田石:真田昌幸(幸村の父)が上田城築城の際、太郎山から掘り出したこの大石を「真田石」と名付けた。その子信之は松代へ移封のときこの石を家宝として持っていこうとしたが微動だにしなかったと、伝えられる。以来、文字通り上田城にそなわった礎石である。 説明板より

▲上田城東虎口櫓門

▲上田城東虎口櫓門と南櫓

▼南櫓
 

南櫓内部

 

▲▼北櫓

▲南櫓
 

▲真田神社:上田城本丸跡にある神社で、真田・仙石・松平の歴代上田藩主を祀っており、開祖の名をとって真田神社としました。

上田藩主屋敷門と堀跡

現在の上田高校の敷地は、そっくりかつての藩主(城主)屋敷の跡にあたります。同校東側の表門と、その両脇につづく土塀・濠・土塁は、昔の面影をよくとどめていて、上田市の文化財に指定されています。 上田市文化財マップより

 

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柳町の町並み~長野県上田市

2015-10-17 06:25:39 | 町並み

2015年9月23日 長野県

柳町の街町み

長野県上田市

上田市街地に位置する北国街道の一部に、石畳の道路や長屋が軒を連ねる美しい街並みがあります。そこが、柳町。真田氏による上田築城・城下町形成以来の長い伝統を誇る町です。特徴的なのは卯建(うだつ)が設けられていることで、いかにも城下の商人町らしい町並みです。卯建にもいくつかの種類がありますが、ここでみられるのは「袖卯建」で、二階の妻部に瓦を葺いた小壁が突き出しています。

北側から柳町(柳町通り)を巡る
 

▲味噌の菱屋:武田菱を使っている。武田みそは武田信玄の次男竜芳(海野二郎信親)の子孫が1930年からこの地でみそ造りを始めている。

保命水:明治14年に海禅寺境内の湧き水を引いて以来、町の人々や北国街道を往来する人々に利用されていました。

 

   

▼森文

森文は屋号の森田屋とと、創業者の石森文次郎の名前から森文となずけられた喫茶、食事が楽しめるお店です。その建物130年の歴史をもつ。呉服屋、郵便局と様々な形で使われてきた歴史深い建物。

 

 

 

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