2019年8月8日 滋賀県
旧鈴木屋敷長屋門 彦根市指定文化財
滋賀県彦根市立花町
長屋門は、桁行8間(約16m)、梁間2間(約4m)の切妻きりつま造りで、正面右に偏して門が設けられ、門の右に1部屋、左に3部屋の小部屋が連なります。 これらは、中間(武家奉公人)や女中の部屋のほか、馬屋や物置として利用されました。 建物上半を白漆喰壁、腰より下を下見したみ板張りとし、要所には格子窓を設けています。
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2019年8月8日 滋賀県
旧鈴木屋敷長屋門 彦根市指定文化財
滋賀県彦根市立花町
長屋門は、桁行8間(約16m)、梁間2間(約4m)の切妻きりつま造りで、正面右に偏して門が設けられ、門の右に1部屋、左に3部屋の小部屋が連なります。 これらは、中間(武家奉公人)や女中の部屋のほか、馬屋や物置として利用されました。 建物上半を白漆喰壁、腰より下を下見したみ板張りとし、要所には格子窓を設けています。
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2019年8月8日 滋賀県
スミス記念堂(和風礼拝堂)
滋賀県彦根市本町
昭和6年建立の和風礼拝堂。
建物は、桁行4間、梁間3間、向拝1間、一重、入母屋造、桟瓦葺、向唐破風付向拝銅板葺。総檜造り建物で向拝の構成など伝統的な社寺建築を基本としつつも、要所に十字架や葡萄などキリスト教ゆかりの文様の彫刻があります。
都市計画道路整備事業に伴い、NPO法人スミス会議が中心に保存運動に取り組み、平成19年に現地に移築復原されています。
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2019年8月8日 滋賀県
彦根の町並み2019④
滋賀県彦根市
▼スミス記念堂(和風礼拝堂)
▲京橋口
昼食は鮎料理
鮎の塩焼き、鮎の鮨、鮎の天ぷら・・・・
▼旧鈴木屋敷長屋門 彦根市指定文化財
▼俳遊館(旧彦根信用組合本店)
▼???
▼いと重(和菓子の老舗)
彦根藩・井伊家御用達で、彦根藩から他家への贈答品の菓子も手掛けました。幕末の彦根の英雄・井伊直弼公が当店の菓子「益寿糖」を腹心の長野主膳に与えた記録も残っております。文化六年(1809年)創業
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2019-09-28 06:04:20
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2019年8月8日 滋賀県
陵水会館 登録有形文化財
滋賀県彦根市馬場(滋賀大学構内)
1938年(昭和13年)、ヴォーリズ建築事務所の設計により、経済学部の前身である彦根高等商業学校の同窓会(陵水会)の会館として建てられ、1978年に陵水会から国に寄付されたものです。
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2019年8月8日 滋賀県
滋賀大学経済学部講堂(旧彦根高等商業学校講堂) 登録有形文化財
滋賀県彦根市馬場
彦根城西部の堀に接する滋賀大学敷地内にある。木造2階建の講堂に,平屋建の大教室が接続し,外装ほぼ全体を下見板貼とする。講堂妻面に柱型付玄関を設け,上下階で連続性をもつ矩形窓を側面に配し,半円形屋根窓,瀟洒な小塔を冠す。文部省建築課の設計。大正/1924
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2019年8月8日 滋賀県
旧彦根高等商業学校の外国人教員住宅(通称・ヴォーリズ洋館)
滋賀県彦根市金亀町
旧彦根高等商業学校(現・滋賀大学)の外国人教員用の住宅として、大正13年(1924)に建築。当時は3棟あったが現在は1棟が残っている。大正13(1924)年
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2019年8月8日 滋賀県
旧西郷屋敷長屋門 彦根市指定文化財
滋賀県彦根市金亀町
旧西郷屋敷長屋門は、彦根城下では現存する長屋門中最大のもので、特に正面の外観はほとんど旧形を保ち、旧武家屋敷の面影を残す貴重な遺構で、市指定文化財です。
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2019年8月8日 滋賀県
彦根の町並み2019③
滋賀県彦根市
▼雁木
雁木は、多くの城兵が一度に多聞櫓を駆け上がれるように築いたもので、城を防衛するための工夫です。
▼京橋口門
中堀に面して4つある城門のひとつ
▼旧西郷屋敷長屋門 市指定文化財
▲大手門
▼水路
▼旧彦根高等商業学校の外国人教員住宅(通称・ヴォーリズ洋館)
▼滋賀大学経済学部講堂(旧彦根高等商業学校講堂)
▼陵水会館
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2019-09-23 05:43:24
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2019年8月8日 滋賀県
玄宮園2019
滋賀県彦根市金亀町
城の北東にある大名庭園で、琵琶湖や中国の瀟湘(しょうしょう)八景にちなんで選ばれた近江八景を模して作られました。彦根藩4代目藩主・井伊直興が延宝5年(1677年)に造営したとされています。
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2019年8月8日 滋賀県
楽々園2019
滋賀県彦根市金亀町
江戸時代は「槻御殿」「黒門外御屋敷」と呼ばれていたそうですが、第12代藩主・井伊直亮が、佐和山や内湖が見える楽々之間を造ってからは「山を楽しみ水を楽しむ」と言う事で「楽々」の名が有名になったと言う事です。
▼書院
▼茶座敷(地震の間) 重心が低く耐震性がある
地震の間の隣は雷の間 さらに右は楽々の間
▼楽々の間
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2019年8月8日 滋賀県
彦根城2019②(天秤櫓・太鼓門・天守・三重櫓)
滋賀県彦根市金亀町
表門橋から登城
▼登り石垣
石垣が山の斜面を登るように築かれています。斜面を移動する敵の動きを阻止する目的で築かれました。
▼天秤櫓 重要文化財
表門から坂を上がって行くと廊下橋(非常時には落とし橋となる)が見えます。 この橋を中央として左右対称に建てられているのが天秤櫓です。まるで天秤のような形をしているところから天秤櫓と呼ばれています。日本の城郭でこの形式のものは彦根城だけです。
▼佐和山 石田三成の居城があった
▼太鼓門手前の石垣には岩盤が利用されている
▼太鼓門・続櫓 重要文化財
門櫓の南には、「く」の字に曲がった続櫓が付設されています。この門櫓は、建物の背面の東壁面が開放され、柱間に高欄(手すり)を設置して1間通りを廊下にしています。 櫓にはたいへん稀な例で、一説には名称となっている「太鼓」が櫓の中に置かれ、その太鼓の音が広く響くための工夫とも考えられていますが、明確ではありません。
▲琵琶湖 竹生島
▼天守閣最上部より
▲琵琶湖 竹生島
▲玄宮園
▼三重櫓 重要文化財
西の丸三重櫓は、本丸に隣接する西の丸の西北隅に位置しており、さらに西に張り出した出曲輪(でぐわ)との間に設けられた深い大堀切(おおほりきり)(尾根を切断して造られた空堀)に面して築かれています。大堀切の底から見上げる三重櫓は絶壁のようにそそり立っており、西の搦手(からめて)(裏手)方面からの敵に備えた守りの要かなめでした。 この三重櫓は、東側と北側にそれぞれ1階の続櫓(つづきやぐら)を「く」の字に付設しています。三重櫓には天守のように装飾的な破風(はふ)などはありませんが、櫓全体を総漆喰塗りとし簡素な中にも気品のある櫓となっています。
▲登り石垣
三重櫓
▲黒門
▼お堀めぐり屋形船
石垣は二段になっている
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2019-09-19 05:28:13
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2019年8月8日 滋賀県
彦根城2019①(佐和口多聞櫓・馬場) 国宝 100名城
滋賀県彦根市金亀町
▼彦根城 国宝
井伊直政が慶長八年(1603)に佐和山城より居城を移して以来の井伊家代々の居城。天守隅木の墨書や文書から少なくとも慶長十一年(1606)には完成していたと考えられる。壁、軒裏、破風を漆喰で塗り込め、金箔を押した飾り金具や黒漆を多用するなど華麗な意匠が特徴。
▼佐和口多聞櫓 重要文化財
いろは松から彦根城を訪れる時、最初に出逢う櫓。左手に見える櫓は明和8年(1771年)に再建されたものです。現在、重要文化財に指定されています。手前は昭和35年(1960年)に再建されたもので、現在は開国記念として使われています。
佐和口は、中堀に開く4つの口の1つで、「いろは松」に沿った登城道の正面に位置していましす。佐和口には、かつて中堀に接して高麗門があり、その内側を鈎の手に曲げて櫓門が築かれていました。城門の形式としては最強の枡形で、重厚な構えとなっていました。説明板より
▼馬屋 重要文化財
彦根城二の丸佐和口門の内に入った所にある。馬十九頭を入れる装置がある。現存遺構は他に例がない。江戸中期/1688-1703頃
▲佐和口多聞櫓(背面)
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2019-09-18 05:52:36
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2019年8月8日 滋賀県
旧池田屋敷長屋門 彦根市指定文化財
滋賀県彦根市尾末町
旧池田屋敷長屋門は、彦根城の中掘に近い第三郭に建っています。かつて、池田屋敷のあった尾末町一帯には、中級武家屋敷が広がっていました。当建造物は彦根藩中級武家屋敷の典型をなす貴重な長屋門として、昭和48年に彦根市指定文化財に指定しています。
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2019年8月8日 滋賀県
埋木舎(井伊直弼)2019
滋賀県彦根市尾末町
井伊直弼が青春時代を過ごした舎。 「世の中をよそに見つつも埋もれ木の埋もれておらむ心なき身は」と直弼は和歌を詠み、自ら「埋木舎」と名付け、文武両道の修練に励みました。徳川幕府の大老として開国の父となった才能は、ここで培われたといわれています。
前回訪問2013年
茶室
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2019年8月8日 滋賀県 【彦根2019】
彦根の町並み2019②
滋賀県彦根市
▼埋木舎
▼旧池田屋敷長屋門 彦根市指定文化財
▼彦根城佐和口多聞櫓
▲馬場
▲天秤櫓
▲太鼓門・続櫓
▲天守閣
▲三重櫓
▼楽々園
▼玄宮園
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2019-09-15 05:43:11
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