コスモのフォトアルバム

旅の記録 五街道ウォーク中!旧東海道、旧甲州街道、旧中山道を完歩。只今、日光街道に挑戦中!    

東京駅丸ノ内本屋(重要文化財)・~東京都千代田区丸の内

2012-12-29 18:34:45 | 鉄道・駅

2012年12月24日 東京都

東京駅丸ノ内本屋  重要文化財

東京都千代田区丸の内

東京駅丸ノ内本屋は,わが国鉄道網の起点となる停車場の中心施設であるとともに,明治の市区改正計画に基づき建設された首都東京を象徴する貴重な建築である。 煉瓦を主体とする建造物のうち最大規模の建築で,当時,日本建築界を主導した辰野金吾の集大成となる作品として,価値が高い。大正/1914  鉄骨煉瓦造、建築面積7,821.39m2、二階建、一部三階建、スレート葺

 

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2012年12月23日の月

2012-12-28 21:27:37 | その他

2012年12月23日

2012年12月23日の月

 

▲月を撮ってみた。空の色は黒のはずがこんな色に・・・・

月はボケているように見える。1/9程に縮小            

 

▲トリミングしてみた。月はぼやけている。設定で改善するだろうか?

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大澤家住宅(重要文化財)~埼玉県川越市

2012-12-26 11:18:12 | 建築物(洋館以外)

2101年11月25日 埼玉県

大澤家住宅 重要文化財

埼玉県川越市元町1-15-2

埼玉県川越市にある蔵造り建築。明治26年(1893年)の川越大火の焼失を免れた川越最古の蔵造りで、現存する関東地方最古の蔵造りでもある。国の重要文化財の指定を受けている。 現在の屋号から「小松屋」とも呼ばれている。 

 

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仙波東照宮(重要文化財)~埼玉県川越市小仙波町

2012-12-26 10:59:20 | 神社・仏閣・教会

2012年11月25日 埼玉県 

仙波東照宮 重要文化財

埼玉県川越市小仙波町1

仙波東照宮は、喜多院第27世住職天海が徳川家康を祀った神社で、日本三大東照宮の一つ。 徳川家康の亡き後、遺骨を久能山から日光に至る道中に川越の喜多院に寄り、天海僧正が4日間法要をあげました。その後天海は高さ五間の丘陵を築きあげて立派な社殿「仙波東照宮」を造り上げたのです。

▲鳥居 (重要文化財)

▲随身門 (重要文化財)

▲拝殿 (重要文化財)

▲拝殿の裏 

▲唐門 (重要文化財)

▲本殿・端垣 (重要文化財) 

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喜多院(鐘楼門・慈眼堂)~埼玉県川越市

2012-12-26 09:55:15 | 神社・仏閣・教会

2012年11月25日 埼玉県

喜多院 (鐘楼門・慈眼堂)  重要文化財

埼玉県川越市小仙波町1

▲鐘楼門

2階建ての階上に梵鐘(ぼんしょう)を吊るすこの鐘楼門は、裄行(たけゆき)3間、梁間(はりま)2間、入母屋造りで本瓦葺。1階には袴腰(はかまごし)と呼ばれる囲いが付き、2階の前面には竜、背面には鷹の彫刻があります。建立年代ははっきりとしていませんが、寛永10年(1633)に東照宮の門として鐘楼門が建立されたことが「星野山御建立記」の記録にみえます。その頃、東照宮は今の慈眼堂の場所にあり、鐘楼門再建の記録もないことから寛永15年(1638)の川越大火で焼失を免れた可能性もあるといわれています。なお、階上の銅鐘は元禄15年(1702)の銘があります。喜多院ホームページより

 

▲慈眼堂

慈眼堂は、慈眼大師天海をまつる御堂です。天海僧正は、寛永20年(1643)10月2日寛永寺において入寂されました。正保2年(1645)に徳川家光公の命によりこの御堂が建てられ、厨子に入った天海僧正の木像が安置されました。建物は、裄行(けたゆき)3間、梁間(はりま)3間の比較的小さな御堂で、屋根は中央から四方の隅へ流れる宝行(ほうぎょう)造り、本瓦葺(ほんがわらぶき)。

 

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川越(蔵造りの町並み)重要伝統的建造物群保存地区~埼玉県川越市

2012-12-25 22:48:12 | 重要伝統的建造物群保存地区

2011年11月25日 埼玉県

川越(蔵造りの町並み) 重要伝統的建造物群保存地区

埼玉県川越市

越には「蔵造りの町並み」が今も残っています。蔵造りは類焼を防ぐための巧妙な耐火建築で、江戸の町家形式として発達したものです。今の東京では見ることのできない江戸の面影をとどめています。 平成11年12月には国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、平成19年1月には「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されました。

 

 

 

▲大澤家住宅(文化財)

 

 

 

  

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成田山川越別院(埼玉県川越市久保町)

2012-12-20 20:27:44 | 神社・仏閣・教会

2012年11月25日 埼玉県

成田山川越別院

埼玉県川越市久保町

 

成田山川越別院は、成田山川越別院本行院(ほんぎょういん)と称し、いつの頃からか「久保町のお不動様」とも呼ばれるようになった。
本尊は不動明王で、内外の諸難や汚れを焼き払い、人々を守るといわれ、願をかける時などに奉納する絵馬のため、境内には絵馬堂も建立されている。当寺は、江戸時代も末の嘉永(かえい)六年(1853年)、ペリーが黒船を率いて浦賀に来航した年に、下総の国新宿(にいじゅく)(現葛飾区)の石川照温が、廃寺となっていた本行院を成田山新勝寺別院として再興したのが始まりといわれている。
川越市「成田山川越別院」解説より

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仙波東照宮~埼玉県川越市小仙波町

2012-12-20 20:27:44 | 神社・仏閣・教会

2012年11月25日 埼玉県

仙波東照宮

 埼玉県川越市小仙波町

東照宮といえば徳川家康を祀った日光東照宮が有名だが、日本各地数多くの東照宮があれど、川越は日本三大東照宮の一つで、仙波東照宮といい、喜多院の南側に隣接している。元和2年(1616)駿府で徳川家康公が没し、その遺骸を静岡から日光山へ移葬する途中、天海僧正によって喜多院で四日間の法要が営まれたことから、寛永10年(1633)建立された。それから5年後の寛永15年(1638)、「寛永の大火」と呼ばれる大火事でよって、喜多院山門を残し、焼け落ちたが、徳川家光より喜多院復興の命令がが下ると、まず東照宮の再建が行われ寛永17年(1640)に完成した。 。(社)小江戸川越観光協会HPより抜粋 

▲随身門 

 

▲拝殿 

▲拝殿裏 

▲本殿・端垣・唐門 

▲唐門 

▲お腹が一杯でしたのでスルー

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中院(埼玉県川越市)

2012-12-18 18:33:16 | 神社・仏閣・教会

2012年11月25日 埼玉県

中院

埼玉県川越市小仙波町 

喜多院の直ぐ南方にあり、正式には天台宗別格本山中院といい、閑静な佇まいが趣のある寺院。
古くは星野山無量寿寺仏地院と呼ばれ、鎌倉時代の終わり頃、無量寿寺から分かれたとされる天台宗の寺で、喜多院に天海僧正が来往するまではこの地の中心的な寺院であったといわれている。中院は島崎藤村ゆかりの寺院として知られており、境内には川越市の文化財に指定された島崎藤村ゆかりの茶室・不染亭があり、現在は茶道を楽しむ人々に利用され、保存伝承されている。(社)小江戸川越観光協会HPより抜粋

 

 

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喜多院(重要文化財)~埼玉県川越市小仙波町 

2012-12-17 18:33:15 | 神社・仏閣・教会

2012年11月25日 埼玉県

喜多院 重要文化財

埼玉県川越市小仙波町

慈覚大師が830年(天長7)に創建した天台宗の名刹で、正式には星野山無量寿寺喜多院という。
江戸時代初期、名僧天海大僧正が住職をつとめた寺として、また江戸城から移築された三代将軍徳川家光・春日局ゆかりの建物をはじめとする、多くの文化財を所蔵している喜多院の名は川越をというより、埼玉県を代表する寺院として全国的にも有名である。(社)小江戸川越観光協会HPより抜粋

 

鐘楼門

 

多宝塔

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犬山城(100名城)2012~愛知県犬山市

2012-12-15 07:21:29 | 100名城

2012年11月16日 愛知県

犬山城2012 100名城

愛知県犬山市

山城(いぬやまじょう)は、愛知県犬山市にあった城である。現在は江戸時代までに建造された天守が現存する。また天守が国宝指定された4城のうちの一つである。木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。別名、白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで荻生 徂徠が命名したと伝えられる。前身となる砦を織田信長の叔父である信康が改修して築いたものを石川貞清(光吉)が改修し現在のような形となった。この際の建築用材は金山城の建物の一切を解体移築したという「金山越」の伝承がある。江戸時代には尾張藩の付家老が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)ごろである。近年まで、城主であった成瀬家が個人所有する文化財であったが、現在は財団法人に譲渡されている。Wikipediaより

▲天守閣より犬山駅方向

▲天守閣より木曽川

▲大杉様 築城の頃からのもの。1965年頃枯れたとのこと

 

▲七曲門の門礎

 

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旧滝沢本陣横山家住宅(重要文化財)~福島県会津若松市

2012-12-14 06:19:13 | 建築物(洋館以外)

2012年10月26日 福島県

旧滝沢本陣横山家住宅 重要文化財

福島県会津若松市一箕町大字八幡字滝沢122

旧滝沢本陣(きゅうたきざわほんじん)は、福島県会津若松市にある会津藩の本陣跡。国の史跡に指定されている。現存する建物のうち、主屋および座敷は、旧滝沢本陣横山家住宅(主屋・座敷)として国の重要文化財に指定されている。滝沢本陣は、旧若松城下から白川、江戸に至る旧白河街道沿いにあり、滝沢峠の城下側の上り口にある。現存する建物は1678年(延宝6年)に建てられ、その頃から、会津藩主が白河街道を通る際の休息所として使用された。その後、歴代会津藩主の参勤交代をはじめ、領内巡視、藩祖保品正之をまつる土津神社の参詣の際に休息所として利用された。戊辰戦争時には、藩主松平容保の出陣によって陣屋となり、座敷には当時の戦闘による弾痕刀傷などが残る。

   

  

 

 

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さざえ堂(重要文化財)(福島県会津若松市)

2012-12-11 19:26:12 | 建築物(洋館以外)

2012年10月27日 福島県

さざえ堂 重要文化財

福島県会津若松市一箕町八幡弁天下

会津さざえ堂は寛政8年(1796)福島県会津若松市の飯盛山に建立された、高さ16.5m、六角三層のお堂です。正式名称は「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」といいます。当時飯盛山には正宗寺(しょうそうじ)というお寺があり、その住職であった僧郁堂(いくどう)の考案した建物です。かつてはその独特な2重螺旋のスロープに沿って西国三十三観音像が安置され、参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りができるといわれていました。また、上りと下りが全く別の通路になっている一方通行の構造により、たくさんの参拝者がすれ違うこと無く安全にお参りできるという世界にも珍しい建築様式を採用したことで、建築史上その特異な存在が認められ、平成8年に国重要文化財に指定されました。   

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