コスモのフォトアルバム

旅の記録 五街道ウォーク中!旧東海道、旧甲州街道、旧中山道を完歩。只今、日光街道に挑戦中!    

下諏訪にて~長野県諏訪郡

2023-12-29 06:14:30 | 町並み

2023年12月6日 長野県

下諏訪にて

長野県諏訪郡

下諏訪駅 

↓ 御柱の展示物

▼倉庫群跡地に建つ旧本店を模した建物

明治・大正時代、中央線開通および機械製糸業の発達により、諏訪地方は我が国第一の生糸生産地となり、弊社は明治33年に第19銀行、佐久銀行、三井合名会社の三金融機関により設立され、繭蔵としての責務を果たしてきました。諏訪大社春宮の参道に、繭蔵として建てられた倉庫群は、下諏訪倉庫本店として倉庫や精密機器を海外に輸出するための梱包作業を行うなど、地域の産業と密接に関わってきました。

▼諏訪大社下社春宮下馬橋

▼万治の石仏

▼諏訪大社下社春宮(重要文化財)

諏訪大社下社秋宮へ

▼新鶴

塩羊羹で知られる和菓子店。創業明治6年

残念ながら定休日でした。。。。。。。

▼諏訪大社下社秋宮(重要文化財)

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諏訪大社下社秋宮(重要文化財)~長野県諏訪郡下諏訪町

2023-12-27 05:56:05 | 神社・仏閣・教会

2023年12月6日 長野県

諏訪大社下社秋宮(重要文化財)

長野県諏訪郡下諏訪町

諏訪大社下社は春宮と秋宮よりなり、祭神は春秋の半年毎に遷座される。両社とも本殿はなく、幣拝殿や左右片拝殿の形式、配置はおおよそ本宮に類似しながら、幣殿、拝殿が一棟の楼門形式となるなど、下社特有の形を示している。春宮と秋宮の社殿の形式、配置は基本的には同じであるが細部などに多少の差異がある。
 春宮と秋宮の現社殿は相前後して建立されたもので、前者は諏訪藩御大工の流れを組む大隅流柴宮長左衛門、後者は立川流初代富棟の手になる。地元を代表する大工が競い合い、流派の面目をかけた建築であり、華麗な彫刻などみるべきものがある。

▼神楽殿 重要文化財

▼幣殿 重要文化財

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諏訪大社下社春宮下馬橋~長野県諏訪郡下諏訪町

2023-12-24 06:21:38 | 

2023年12月6日 長野県

諏訪大社下社春宮下馬橋

長野県諏訪郡下諏訪町

俗に太鼓橋という。春宮大門の中央、御手洗川にかけられた屋根付の反橋である。神社の記録では元文年間(1736頃)の修造と思われている。

下社で最も古い室町時代の建造物とされ、年二回、遷座祭、お舟祭りの折、御霊代(みたましろ:神が宿る依り代)を運ぶ神輿はここを通ります。どんなに身分の高い人もこの橋の前で馬や籠を降りて、参拝したといいます。

間口1間(3.25m)、奥行4間(9.95m)、平面積32.3平方メートル

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諏訪大社下社春宮(重要文化財)~長野県諏訪郡下諏訪町

2023-12-22 05:57:43 | 神社・仏閣・教会

2023年12月6日 長野県

諏訪大社下社春宮(重要文化財)

長野県諏訪郡下諏訪町

諏訪大社下社は春宮と秋宮よりなり、祭神は春秋の半年毎に遷座される。両社とも本殿はなく、幣拝殿や左右片拝殿の形式、配置はおおよそ本宮に類似しながら、幣殿、拝殿が一棟の楼門形式となるなど、下社特有の形を示している。春宮と秋宮の社殿の形式、配置は基本的には同じであるが細部などに多少の差異がある。
 春宮と秋宮の現社殿は相前後して建立されたもので、前者は諏訪藩御大工の流れを組む大隅流柴宮長左衛門、後者は立川流初代富棟の手になる。地元を代表する大工が競い合い、流派の面目をかけた建築であり、華麗な彫刻などみるべきものがある。

諏訪大社には古代ユダヤと関わると思われる、いくつかの証拠(???)が語られている。

古代ユダヤと関わり(日本全国に渡る):日ユ同祖論

キーワード:守屋山 御頭祭など 

当方には大変興味深い事柄で、YouTubeで関連動画を観ている。

▼幣拝殿

▼御宝殿 

▼御柱 幣拝殿は4本の御柱で囲まれている。

▼梶の木の家紋

 

諏訪大社は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社です。
信濃國一之宮。神位は正一位。全国各地にある諏訪神社総本社であり、 国内にある最も古い神社の一つとされております。諏訪湖の南に上社があり前宮、本宮と、北に下社の春宮、秋宮と四社で構成される神社。
諏訪大社の歴史は大変古く古事記の中では出雲を舞台に国譲りに反対して諏訪までやってきて、そこに国を築いたとあり、また日本書紀には持統天皇が勅使を派遣したと書かれている。
諏訪大社の特徴は、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がありません。代りに秋宮は一位の木を春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝している。

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万治の石仏2023~長野県諏訪郡下諏訪町東山田字石仏

2023-12-20 05:58:39 | 遺産・遺跡など

2023年12月6日 長野県

万治の石仏2023

長野県諏訪郡下諏訪町東山田字石仏

春宮に遺石の大鳥居を奉納するよう命を受けた石工が石材にノミを打ち入れた際、その石から血が流れ出た。驚き恐れた石工は大鳥居の造作を止め、あらためてこの不思議な石に阿弥陀様を刻み、霊を納めながら建立したのがこの石仏とされています。この石仏を建立した願主が、万治3年(西暦1660年)と刻まれていることから、万治の石仏と称されました。

▼背中

▼血が流れ出た箇所

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上諏訪にて~長野県諏訪市

2023-12-18 06:34:27 | 町並み

2023年12月5・6日 長野県

上諏訪にて

長野県諏訪市

▼高島城

▼諏訪湖

▼諏訪湖間欠泉

以前のような噴出は見れない(令和4年3月18日より)

▼宿泊先から望む

▼諏訪市美術館(旧懐古館)

▼片倉館

↓ 片倉館浴場棟

↓ 片倉館会館棟

▼上諏訪駅

↓ 下諏訪(駅)へ

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片倉館会館棟(重要文化財)~長野県諏訪市湖岸通り

2023-12-17 05:55:47 | 洋館

2023年12月6日 長野県

片倉館会館棟(重要文化財)

長野県諏訪市湖岸通り

片倉館は、諏訪湖周辺を本拠地として製糸業を営んだ片倉家が公共の福利厚生施設として建設した温泉施設で、昭和3年に竣工した。
 森山松之助の設計で、浴場と会館は、急勾配の切妻屋根とタイル張の外壁とし、要所に尖塔をたてるなど変化に富んだ外観になる。 
 片倉館の建築は、独創的な意匠をもち、内外装飾の密度も高く、近代におけるわが国建築家による洋風意匠の展開を示す建築のひとつとして重要である。また、実業家の手による最初期の公共の福利厚生施設として、高い歴史的価値を有している。

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片倉館浴場棟(重要文化財)~長野県諏訪市湖岸通り

2023-12-15 05:57:03 | 洋館

2023年12月6日 長野県

片倉館浴場棟(重要文化財)

長野県諏訪市湖岸通り

片倉館は、諏訪湖周辺を本拠地として製糸業を営んだ片倉家が公共の福利厚生施設として建設した温泉施設で、昭和3年に竣工した。
 森山松之助の設計で、浴場と会館は、急勾配の切妻屋根とタイル張の外壁とし、要所に尖塔をたてるなど変化に富んだ外観になる。
 浴場の内部は、大浴室を中心にステインドグラスや彫像などで華やかに飾り、また会館の内部は150畳敷の大広間(おおひろま)を中心とした伝統的な和風のつくりとする。
 片倉館の建築は、独創的な意匠をもち、内外装飾の密度も高く、近代におけるわが国建築家による洋風意匠の展開を示す建築のひとつとして重要である。また、実業家の手による最初期の公共の福利厚生施設として、高い歴史的価値を有している。

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諏訪市美術館(旧懐古館)登録有形文化財~長野県諏訪市湖岸通り

2023-12-13 05:54:23 | 建築物(洋館以外)

2023年12月6日 長野県

諏訪市美術館(旧懐古館)登録有形文化財

長野県諏訪市湖岸通り

昭和18年に建築された旧片倉製糸付属教育施設。建設当時は懐古館と名付けられ、蚕糸業の歴史に関わる展示などがなされていた。建築面積400㎡、木造二階建、入母屋造桟瓦葺である。内外ともコンクリート造風の大壁とし、全体を和風意匠でまとめる。

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高島城2023~長野県諏訪市高島

2023-12-12 05:58:15 | その他の城

2023年12月5日 長野県

高島城2023

長野県諏訪市高島

420年ほど前の1598(慶長3)年、豊臣秀吉の家臣「日根野織部正高吉」により築城され、諏訪氏の居城としてその威容と要害堅固を誇ってきました。

日根野織部正高吉が築城の適地とした高島は、当時諏訪湖畔に島状を呈していたと思われる場所で「浮島」とも呼ばれ、ここには主に漁業を営む村落があったことが記録に残っています。高吉はこの村をまるごと移転させて高島城を築いたといわれています。
1970(昭和45)年5月に天守閣が復興

▼諏訪護国神社(高島城跡に鎮座)

二本の御柱が見て取れる。

▼ケヤキ

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甲府城(100名城)2023~山梨県甲府市丸の内

2023-12-11 05:56:34 | 100名城

2023年12月5日 山梨県 

甲府城(100名城)2023

山梨県甲府市丸の内

甲府城は、武田氏滅亡後、豊臣政権の重臣浅野長政・幸長親子らによって一条小山と呼ばれる丘陵地に築かれた平山城で、武田氏館に代わる城として築城された。本丸や稲荷曲輪・数寄屋曲輪は野面積の石垣が残り天守台は江戸城・名古屋城・会津若山城につぐ巨大なもの。豊臣政権下では徳川氏を押さえる城として重視された城だが、江戸時代には、外敵の江戸侵攻を阻止する城として代々将軍家の子が城主となり引き続き重視された。

▼稲荷櫓

▼天守台

↓ 富士山

↓ 甲斐駒ヶ岳

↓ 鉄門

▼鉄門

▼ヤマナシ

果実を食用として栽培される和ナシの野生種。ここは山梨県

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上諏訪温泉(長野県諏訪市)へ

2023-12-09 06:10:44 | 旅行

2023年12月5日

上諏訪温泉(長野県諏訪市)へ

今回は入社同期の5人組で上諏訪温泉へ向かう。

新宿から特急「あずさ」9号でまずは甲府へ。甲府では甲府城を巡り、「小作」で昼食を・・・

▼新宿駅

ホームにが特急券の自販機がある

「あずさ」の車両記号

「ク」は運転台付きの車両

「ハ」は普通車 この部分はイロハがあり「イ」は一等車 「ロ」は二等車(グリーン車」

「E」はJR東日本の車両を表している。     

「サ」はエンジンなし(附随車)

「サハ」はエンジンなし(附随車)の普通車

「モ」はモーター付き

「モハ」はモーター付き普通車

「サ」はモーターのないグリーン車

車両記号は意外と面白い

▼甲府駅

▼かかふ驛煉瓦広場

かかふとは甲府のこと

1番ホームにある「煉瓦ひろば」は、駅にまつわる歴史遺産を集めたもの。貨車のランプを保管していた、煉瓦倉庫の一部も残されています。火災を知らせた釣鐘

▼甲府駅舎

甲府城へ

▼駅前に戻り昼食場所の「小作」へ

「小作」では「麦とろ」+「鳥もつ煮」を食す。

上諏訪へ

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My collections13

2023-12-08 05:56:01 | コレクション

My collections13

▼沖縄県

▼鹿児島県

 

▲薩摩切子

▲大島紬のストラップ

▼熊本県人吉の民芸品

▲ きじ馬 男児への贈り物

▲花手箱 女児への贈り物

▼萱島酒造 大分県国東市の造り酒屋

▼嘉穂劇場(福岡県飯塚市)の大入り袋

▼鬼洋蝶(連凧)長崎県平戸にて

出島(長崎市)にて

▲ビードロ(長崎にて)

 

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小樽にて2019②~北海道小樽市

2023-12-07 05:57:04 | 町並み

2019年7月16日 【道央2019】 北海道

小樽にて2019②

北海道小樽市

▼旧岩永時計店(現オタルオルゴール堂)

この建物は、時計卸商、初代岩永新太郎の店舗として建てられ、店員で編成された楽団を持つハイカラな商店でした。平成3年の改修により正面2階のバルコニー、半円アーチ扉、手摺などが修理され、ほぼ創建時の姿になりました。屋根の装飾、軒の繰り型など細部にもデザインが施され、瓦葺き屋根を飾る一対の鯱は商店では珍しい装飾であり、当時の小樽商人の意気込みが感じられます。

▼利尻屋みのや(昆布専門店)

 

 

この時計は針がありません。理由は・・・・

▼旧第百十三国立銀行小樽支店

この建物は、小樽支店として建てられましたが、業務拡大に応じ明治41年にこの通りの少し北寄りに支店が移されています。その後、木材貿易商の事務所や製茶会社の建物としても使用されました。平屋建ての比較的小規模な建物ですが、寄棟の瓦屋根に「トンガリ」飾りを付けた和洋折衷の構成で、明治の面影を良く伝えています。軒下に刻まれた分銅模様のレリーフが百十三銀行のシンボルです。

 

 

 

▼旧北海雑穀株式会社(現 小樽硝子の灯・彩や) 小樽市指定歴史的建造物

 木材の骨組みの外側に軟石を積んだ木骨石造と呼ばれる構造で、瓦葺の切妻屋根、開口部には鉄扉が納められています。また、正面両脇には、小屋根付きの袖壁が設けられています。2階には竿縁天井や床の間があり、和室の面影が残っているほか、彫刻模様付きのカーテンボックスや上げ下げ窓が取り付けられており、和洋折衷の意匠になっています。堺町通りに建つ明治時代の貴重な建物のひとつです。

 

 

 

 

 

 

【道央2019】完

関連記事 小樽にて2019①

2019-08-18 05:36:38cosmophantom


小樽にて2019①~北海道小樽市

2023-12-05 05:58:40 | 町並み

2019年7月16日 【道央2019】 北海道

小樽にて2019①

北海道小樽市

「北の商都」として栄えた小樽。観光客に一番人気の小樽運河や「北のウォール街」と呼ばれる歴史的建造物はその名残です。

▼旧第一銀行小樽支店(奥) 旧三菱銀行小樽支店(現小樽運河ターミナル)

 ▼旧名取高三郎商店

山梨県出身の銅鉄金物商名取高三郎が、明治37年の稲穂町大火後に建てた店舗で、裏手に住宅や倉庫を連ねていました。角地に建ち、西側と南側に開いた形で防火のための袖壁(うだつ)を設けています。外壁には札幌軟石が使用されており、上部壁体を鉄柱で支える構造となっています。小樽の明治後期の代表的商家建築といえます。明治39(1906)年 建築

 

▼旧日本百十三銀行小樽支店

小樽支店の設置は明治26年で、当初の店舗はこの通りのもう少し南寄りにありますが、業務拡大に応じ建築されたのがこの建物です。寄棟、瓦屋根で、角地に玄関を設け、上部にギリシャ建築を思わせる飾りを配しているのが特徴です。設計は池田増治郎で、外壁は石張りとなっていましたが、その後外壁に煉瓦タイルを張り現在の姿となりました。明治41(1908)年建築 

▼旧金子元三郎商店

両袖にうだつを建て、2階正面の窓には漆喰塗りの開き窓が収まり、創建時の形態をよくとどめています。小樽の典型的な明治期商店の遺構といえます。

 

 

関連記事 小樽にて2019②

2019-08-17 05:40:08cosmophantom