2017年8月27日 【ぐるり東北2017】 山形県
山形県旧県庁舎(内部編)
山形県郷土館(愛称:文翔館)は山形県旧県庁舎及び県会議事堂で構成されている。
▼中庭
▼会計課・銀行出納係
中庭
渡り廊下で隣の棟とつながっている。
関連記事:山形県旧県庁舎(外部編) 山形県旧県会議事堂
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2017年8月27日 【ぐるり東北2017】 山形県
山形県旧県庁舎(内部編)
山形県郷土館(愛称:文翔館)は山形県旧県庁舎及び県会議事堂で構成されている。
▼中庭
▼会計課・銀行出納係
中庭
渡り廊下で隣の棟とつながっている。
関連記事:山形県旧県庁舎(外部編) 山形県旧県会議事堂
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2017年8月27日 【ぐるり東北2017】 山形県
山形県郷土館(愛称:文翔館)は山形県旧県庁舎及び県会議事堂で構成されている。
1876年(明治9)現在の山形県が成立し、初代県令三島通庸によって翌1877年(明治10)に県庁舎が、1883年(明治16)に県会議事堂が建設された。しかし1911年(明治44)5月の山形大火によって両棟とも焼失し、直ちに同地での復興が計画され、1913年(大正2)4月に建築に着手、1916年(大正5)6月に完成したのが現在の建物である。山形県庁舎と同時に建設された県会議事堂は、県庁舎と渡り廊下で結ばれている。
山形県旧県庁舎(外部編) 重要文化財
山形県旧県庁舎の設計は、東京都出身の田原新之助が担当し、米沢市出身の中條精一郎が顧問を勤めた。イギリス・ルネッサンス様式を基調とし、両翼62.721メートル、中央の時計塔までの高さは25.149メートルである。
建物は、レンガ造りの3階建で、外壁は花崗岩の石貼り、屋根は玄昌石のスレートになっており、石柱、明かり窓、換気塔を施している。内部の設備や装飾は、リノリウムの床と照明器具、壁や天井の漆喰装飾と木部の装飾など、大正時代初期の洋風建築の特長を伝える貴重な文化財である。
また時計塔は、札幌の時計台に次いで2番目に古いもので、銅板飾りの塔屋と重錘式の動力で動く時計が珍しい。
時計塔:5日に1度、時計職人の方が手動で巻き上げている
関連記事:山形県旧県庁舎(内部編) 山形市(山形県)の町並み②
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2017年8月27日 【ぐるり東北2017】 山形県
山形市(山形県)の町並み①
▲山形駅
▼山形城
▼旧済生館本館(現山形市郷土館)重要文化財
▼丸八やたら漬
明治18年創業。当初は味噌・醤油醸造を生業とした。店名にもある「やたら漬」ですが、もともとは山形の食卓には欠かすことのできないお漬物の名前でした。
▼長門屋
明治44年創業の仏壇・仏具・墓石の専門店
後で分かったことですが、この時計台は山形旧県庁舎のものでした
▼旧山形師範学校本館(山形県立博物館教育資料館)重要文化財
▼旧山形師範学校講堂(県指定の文化財)
旧山形師範学校本館、旧山形師範学校講堂は県立山形北高等学校と隣接している
▼北高資料館(県立山形北高等学校)
2018-01-28 05:38:01
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2017年8月27日 【ぐるり東北2017】 山形県
旧山形師範学校講堂 県指定の文化財
山形県山形市緑町
旧山形師範学校講堂は、国の重要文化財に指定されている格調高い意匠の本館と、同じ敷地に隣接して建っている。
建物は木造平屋建、屋根切妻造桟瓦葺、基礎布切石、一部段積、外壁は下見板張ペンキ塗で、妻の一部は漆喰塗、内部床面は板張、天井格天井、窓は東面中央にアーチ窓を、その左右は上げ下げ窓、東面妻部に庇をつけ、正面入口としている。
東西両妻部にみられる切妻形飾破風、東面庇部柱の柱頭、庇屋根にみられる持送り、瓔珞(ようらく)等、本館の意匠とも同巧で、明治33、34年(1900~01年)頃、同時期の建築と思われる。
改変されている部分もありながら、なお創建時の面影を伝えている貴重な建築である。
旧山形師範学校本館、旧山形師範学校講堂は県立山形北高等学校と隣接している
北高資料館(県立山形北高等学校)
関連記事:山形市(山形県)の町並み①
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2017年8月27日 【ぐるり東北2017】 山形県
旧山形師範学校本館(山形県立博物館教育資料館) 重要文化財
山形県山形市緑町
建物は、明治34年(1901)建築の旧山形師範学校本館。国の重要文化財に指定されています。ルネサンス様式を基調とした木造桟(さん)瓦葺き二階建て。一階と二階の境に巡らせたコーニス(胴蛇腹)にこの様式の特徴が見られます。棟中央にそびえる塔屋は、明治11年(1878)創設の旧校舎にあった時計塔の名残であり、塔屋を中心とした左右対称形の姿は端正なたたずまいを見せます。
▼正門 重要文化財
▼門衛所 重要文化財
▲裏側
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2017年8月27日 【ぐるり東北2017】 山形県
旧済生館本館(現山形市郷土館) 重要文化財
山形県山形市霞城町
「旧済生館本館」は、明治11年9月に竣工した擬洋風の病院建築物です。最初は県立病院として使用され、その後、明治21年に民営移管となり、明治37年からは市立病院済生館の本館として使用されました。創建当時は医学校が併設され、オーストリア人医師・ローレツが近代医学教育の教鞭をとったことでよく知られています。
関連記事:山形市(山形県)の町並み①
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2017年8月27日 【ぐるり東北2017】 山形県
山形城 100名城
山形県山形市霞城町
延文元年(1356)に羽州探題として山形に入部した斯波兼頼(最上家初代)が築城したのが始まりと伝えられ、現在の城郭は第11代城主最上義光(1546~1614)が築いたものが原型とされています。本丸・二ノ丸・三ノ丸の三重の堀と土塁で囲まれた、全国有数の規模を持つ輪郭式の平城で、出羽の関ヶ原合戦「長谷堂合戦」で城郭が霞で隠れて見えなかったことから「霞ケ城」とも呼ばれていました。現在残っている二ノ丸の堀や土塁・石垣は、最上家改易後、元和八年(1622)に城主となった鳥居忠政により整備されたと伝えられています。復元された二ノ丸東大手門が立つ。
南門から登城
大手橋と本丸一文字門
本丸御殿跡は発掘調査中
▲井戸
最上義光公勇戰の像と二の丸東大手門
最上 義光は、戦国時代から江戸時代前期にかけての出羽国の大名。最上氏第11代当主。出羽山形藩の初代藩主。伊達政宗の伯父にあたる。関ヶ原の戦いにおいて東軍につき、最上家を57万石の大大名に成長させて全盛期を築き上げた。
▲二の丸東大手門と二の丸東大手門櫓
▼二の丸東大手門櫓
▼二の丸東大手門櫓からみた二の丸東大手門
関連記事:山形市(山形県)の町並み①
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2017年8月26日 【ぐるり東北2017】 山形県
新庄駅⇒山形駅(鶴岡駅~余目駅~新庄駅~山形駅へ)
▼新庄駅
▼奥の細道
▼リゾートみのり
▼とれいゆ つばさ
「とれいゆ」とは「トレイン(列車)」とフランス語の太陽を意味する「ソレイユ」を合わせた造語
▼駅構内にて 新庄まつりの山車飾り?
新庄市内にでてみた
▲新庄駅
▲新庄駅前
祭りの最中でした(新庄まつり)
新庄駅で山形新幹線つばさに乗り換え山形駅へ
▼山形駅
▲山形駅舎
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2017年8月26日 【ぐるり東北2017】 山形県
鶴岡駅⇒余目駅
鶴岡観光が終わり、今回の旅の最終地、山形市(駅)へ向かう。
(鶴岡駅~余目駅~新庄駅~山形駅へ)
鶴岡駅から羽越本線で余目駅へ、余目駅から陸羽西線で新庄駅へ、新庄駅からは山形新幹線で山形駅へと、乗り換えの多いルートで、しかも、乗り換えの待ち時間が長い!しかし、それが鉄道の旅かもしれない
▲キハE120
▲特急いなほ
▼余目駅
乗り継ぎ時間があったので、余目駅前をブラリ
▼余目駅に入線したびゅうコースター「風っこ」
▼奥の細道 最上ライン?
新庄駅へ
2018-01-22 06:17:16
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鶴岡(山形県鶴岡市 )の掲載記事まとめ
2017年8月
酒田駅(山形県酒田市幸町)から鶴岡駅(山形県鶴岡市末広町)へ
旧西川郡役所(重要文化財)~山形県鶴岡市家中新町( 致道博物館)
鶴岡カトリック教会・天主堂(重要文化財)~山形県鶴岡市馬場町
2016年11月
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2017年8月26日 【ぐるり東北2017】 山形県
鶴岡(山形県鶴岡市)の町並み③
鶴ヶ岡城址
鶴ヶ岡城は江戸時代は庄内藩の藩庁となった城で、直江兼続、最上義光、酒井忠勝といった名だたる武将とかかわりがあります。もともとこの地に最初に城が築かれたのは鎌倉時代初期で、当時は大宝寺城と呼ばれていました。鶴ヶ岡城と改名されたのは1603年(慶長8年)、最上時代のことです。その後「最上騒動」により改易となったため、譜代大名の酒井忠勝が出羽庄内藩の初代藩主として入り、幕末まで酒井氏が城主をつとめました。現在、本丸・二の丸跡周辺は「鶴岡公園」として整備されいる。
▼旧西川郡役所(重要文化財)・・・・・致道博物館
詳しく見る:旧西川郡役所(重要文化財)
▼大寶館
詳しく見る:大寶館
▲大寶館嫌韓脇の「本丸中門跡」碑
▼荘内神社
酒井家初代 忠次(ただつぐ)、二代 家次(いえつぐ)、三代 忠勝(ただかつ)、九代 忠徳(ただあり)を祀った由緒ある神社で、鶴ヶ岡城本丸跡に明治10年(1877年)に建てられました。
▼庄内藩校 致道館
詳しく見る:庄内藩校 致道館(国指定史跡)
▼鶴岡カトリック教会・天主堂(重要文化財)
詳しく見る:鶴岡カトリック教会・天主堂(重要文化財)
▼旧風間家住宅 「丙申堂」
詳しく見る:旧風間家住宅 「丙申堂」
上記写真は丙申堂のHPより転写したものです
▼無量光苑釈迦堂(風間家の別邸)
丙申堂より約50m北側に位置する無量光苑釈迦堂は、良質の杉材を使った数寄屋風建築で、明治43年(1910)、丙申堂の別邸として建てられた建物。主に来客の接待などに使われていた豪商のもてなしの館です。
※ 貸切のため内部見学できず
下記写真は山形県鶴岡市観光連盟のHPより転写
▼消防組第八部のポンプ庫(現在公衆トイレ) 登録有形文化財
詳しく見る:消防組第八部のポンプ庫(現在公衆トイレ)
観覧記事
2018-01-21 06:30:30
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2017年8月26日 【ぐるり東北2017】 山形県
消防組第八部のポンプ庫(現在公衆トイレ) 登録有形文化財
山形県鶴岡市泉町
内川ほっとパークにある赤レンガの公衆トイレ。元々は、消防組第八部のポンプ庫として、大正9年に蒸気ポンプを配備するために、大泉橋のたもとに建てられたものです。
大正8年4月の大火後に増強された蒸気消防ポンプ車の車庫として建設。桁行3間半,梁行2間半規模のイギリス積煉瓦造で,瓦葺,切妻造,妻入とする。平成8年,約60m曳家されたもの。 1920年建築
関連記事: 鶴岡(山形県鶴岡市)の町並み③
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2017年8月26日 【ぐるり東北2017】 山形県
旧風間家住宅 「丙申堂」
山形県鶴岡市馬場町
風間家は、鶴岡城下で庄内藩の御用商人として発展し、後に鶴岡一の豪商となり産業の振興に力を注ぎました。明治29年丙申の年、武家屋敷跡に風間家七代当主・幸右衛門によって住居と営業の拠点として建てられた丙申堂は、薬医門(約200年前の武家門)のある商家として当時の繁栄ぶりをよく残しています。約4万個の石が置かれた石置屋根が特徴で主屋を中心に4つの蔵や広大な板の間と大黒柱など、豪商の往時の面影を今に伝える貴重な歴史遺産として国指定重要文化財にも指定され、注目を集めています。
訪問時、貸切のため内部見学できず。しかし、貸切時間前でした!!
◎下記写真は丙申堂のHPより転写したものです
関連記事: 鶴岡(山形県鶴岡市)の町並み③
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2017年8月26日 【ぐるり東北2017】 山形県
鶴岡カトリック教会・天主堂 重要文化財
山形県鶴岡市馬場町
赤い塔屋がひときわ目を引く白亜の殿堂で、明治36年に建てられたものでロマネスク様式教会建築の傑作として国の重要文化財に指定。ステンドグラスとは異なる独自の技法でつくられた「窓絵」や世界的にも珍しい「黒い聖母マリア像」は、国内ではこの教会でしかみられない。
関連記事: 鶴岡(山形県鶴岡市)の町並み③
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2017年8月26日 【ぐるり東北2017】 山形県
庄内藩校 致道館 国指定史跡
山形県鶴岡市馬場町
庄内藩の士風の刷新と、優れた人材の育成を目的に、文化2年(1805)酒井家九代目・忠徳公が創設した藩校です。徂徠学を教学とし、自主性を重んじた教育方針で、各自の天性に応じ長所を伸ばすことに主眼がおかれ、質実剛健な教育文化の風土を育む土壌となりました。現在は、表御門、聖廟、講堂、御入間などが残っており、国指定史跡として一般に公開され、たくさんの人が訪れています。この藩校建築は、現存するものとしては東北地方唯一のもので、歴史的、文化的にも価値が高いものとして知られています。
関連記事: 鶴岡(山形県鶴岡市)の町並み③
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