平等院は7日、鳳凰堂の本尊・阿弥陀如来坐像(国宝)の台座から見つかったガラス製壺の蓋に、金箔などを貼り付けて模様を表す「截金(きりかね)」という特殊技法が施された平安時代後期のガラス片が見つかったと発表した。
截金は金箔を線状や三角、四角に細かく切り、漆と膠(にかわ)で貼り付けて文様を施す技法で、中国など東アジアで広く見られ、日本には7世紀頃に大陸から伝わり、仏像や絵画に使用された。法隆寺の玉虫厨子と四天王像の截金が最古の作例として知られるが、平等院では鳳凰堂の壁画にも用いられている。 これまでガラスへの截金技法は世界で確認されておらず、極めて貴重という。 調査した井上暁子東海大大学院非常勤講師(ガラス工芸史)は「蓋そのものを、舎利を入れる容器として使うために截金装飾をした可能性がある」とみている。
平等院によると、2004~07年の「平成の大修理」で台座を解体した際、台座内部から鳳凰堂建立(1053年)頃の遺物など約800点が見つかり、このうち93点のガラス片を発見。その中から84点のガラス片を東海大や東京芸術大などの研究グループが調査した。マイクロスコープで観察した結果、ガラス製壺の蓋の破片6点に金箔が付着し、そのうち少なくとも3点に截金装飾されていることが確認された。中でも容器の蓋とみられる深緑色のガラス片は、高さ3.2cm、直径2.5cmで、描かれた金箔の文様は花の雄しべや雌しべとみられる。
84点のガラス容器片の大半は約0・5~4cm角で、20種以上の容器の破片とみられる。色は青と緑が多く、50~55%の酸化鉛(注1)を含んでいる。ガラス片のほとんどが、ガラスを溶解させて、竿に巻き取り、息を吹き込んで形を整える吹きガラスの容器の一部で、高度な製法で作られている。 組成や技術レベルなどから10~12世紀に宋で製造された可能性が高い。 截金装飾は日本で施したと考えられる。 舎利壺か、堂内を飾った装飾具だった可能性もあるとしている。
截金ガラス片は8日から来年1月13日まで平等院ミュージアム鳳翔館の「浄土の瑠璃-平安の煌(きら)めき」展で公開される。
[参考:京都新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、共同通信]
(注1) 下記2010-12-26 のニュースでは、見つかったガラス玉が酸化鉛を50~55%含む「カリ鉛ガラス」としているが、同じ材料か?
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84点のガラス容器片の大半は約0・5~4cm角で、20種以上の容器の破片とみられる。色は青と緑が多く、50~55%の酸化鉛(注1)を含んでいる。ガラス片のほとんどが、ガラスを溶解させて、竿に巻き取り、息を吹き込んで形を整える吹きガラスの容器の一部で、高度な製法で作られている。 組成や技術レベルなどから10~12世紀に宋で製造された可能性が高い。 截金装飾は日本で施したと考えられる。 舎利壺か、堂内を飾った装飾具だった可能性もあるとしている。
截金ガラス片は8日から来年1月13日まで平等院ミュージアム鳳翔館の「浄土の瑠璃-平安の煌(きら)めき」展で公開される。
[参考:京都新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、共同通信]
(注1) 下記2010-12-26 のニュースでは、見つかったガラス玉が酸化鉛を50~55%含む「カリ鉛ガラス」としているが、同じ材料か?
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