歴歩

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喜界町・城久遺跡群 石鍋片に中世の文字

2008年11月19日 | Weblog
 喜界町教委は18日、同町城久(ぐすく)地区の城久遺跡群で、中世のものとみられる文字資料1点を発掘したと発表した。
中世の文字資料が同遺跡で見つかったのは初めてで、南西諸島でもこれまで3例しかなかったという。
 文字は、同遺跡群の1つである大ウフ遺跡から昨年度に出土した滑石製石鍋片(8cm四方)に刻まれていた。今年10月、鍋の縁部分に「大」(縦2cm、横2.2cm)とあるのを東京大の研究者らが確認した。滑石は長崎県西彼杵半島産という。
 2002年に発掘が始まった同遺跡群は、9‐14世紀の集落跡とみられ、広さは約13万㎡。100棟を超える建物跡や土坑墓などのほか、大宰府(福岡県)で使われたものと似た土師器などが出土した。規模や遺物などから、大宰府の出先機関説が浮上し、古代から中世にかけた律令国家の境界領域を覆す可能性があるとして、考古学関係者が注目していた。
[参考:西日本新聞]
石鍋片に中世の文字 喜界町城久遺跡群 南西諸島で4例目(西日本新聞) - goo ニュース

備考
 昨年1月には、鉄器をつくる鍛冶炉の跡が20基以上発見された。しかしながら、周辺の遺跡から鉄製品はほとんど出土していないため、作られた鉄器は他に移動させていたと考えられている。これまでにも9~12世紀の多数の建物跡や石敷きの道路跡が発見されている。この時代には国の役所跡でしか出土しない中国製青磁なども見つかっており、大宰府(現福岡県太宰府市)の出先機関があった可能性も指摘されている。
[参考:2007.1.4毎日新聞]


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