萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

華燈火act.3―morceau by Dryad

2013-10-01 00:05:15 | morceau
A ce bel œil adieu je n'ai su dire,
Another sky of Y



華燈火act.3―morceau by Dryad

梢の風に光ふる、その明滅がページを揺らす。

ぼんやり座りこんだベンチは葉擦れだけが流れて、森閑の静謐は優しい。
古い住宅街の一角にある自分の家、けれど穏やかな森の深みが鎮まらす。
ずっと生まれた時から馴染んだ庭、それなのに今、木洩陽ふる音も違う。

「…来てくれたから、かな…」

ひとりごと零れた唇に、太陽のかけら揺らす風が接吻ける。
そっと撫でる光の温もりは懐かしい、それは夜の時間と似た瞬きと消えてしまう。
この瞬きを掴まえられたら幸せだろうか?そう想った途端シャツの襟首を熱が逆上せた。

「っ…あ、ばかっ僕なにかんがえてるのだめっ」

誰もいない庭、けれど恥ずかしさに自分で叱責してしまう。
それなのに遠い夜と同じ香が頬を撫でて、記憶の瞳が自分を見つめる。

―…おまえが好きだ、

ほら、もう声まで蘇えってしまう。
きっと今朝の現実に声を聴いたから今、こんなふう声が蘇える。
だから眼差しも記憶から見つめてしまう、あの切長い瞳が膝のページに明滅する。

―…おはよう、朝早くごめんな?急だけど俺、
  明後日まで奥多摩の訓練に行くことになったんだ。それで今、ここから庭見させて貰おうと思って、

今朝の声、今朝の笑顔と眼差し、それから陽に透けるダークブラウンの紅い髪。
樹影に佇んだ長身は異国の物語に生きる紅髪の騎士だと想わされた、あの横顔の陰翳が心響く。
本当は明日この庭を見に来てくれる約束だった、けれど今朝、ほんの30分だけ佇んで山に行ってしまった。

「明日、楽しみにしてたのにな…」

また言葉こぼれて葉擦れの光に消えてゆく。
この庭に親しい人を招くことは嬉しい、だから明日は楽しんで貰おうと想っていた。
夏の終わりの茶を点てようとも考えて、新しい論集も見てもらいたくて、書棚が増えた屋根裏部屋も見せたかった。
けれど明日は来てくれない、それは彼の立つ任務に大切な訓練のためだからと解っていても、それでも肩透しに寂しい。

―僕のこと本当は顔合わせるの嫌なのかな…後悔しているのかもしれないし、ね…

ずっと考えていた思案に、ため息こぼれるままページひらり風めくられる。
やっぱり彼は後悔しているのかもしれない、あの夜は寂しさの過ちだったと後悔して、だから避けている?

『おまえが好きだ、』

ほら、あの夜の声は記憶から微笑んで、けれど今はもう過去。
そう想うまま鼓動が軋んで痛む、それなのに懐かしい夜が告白を始める。

『今夜だけ俺の恋人になって?』

今夜だけ、あの夜だけ、だから今はもう過去になって後悔しているの?

『唯一度だけあれば全て忘れられる、だから今夜だけ恋人になる幸せを俺に贈って?おまえに恋した全てを今夜に懸けて失恋したい、』

唯一度で全てを忘れたから、だから今朝も何も言わずに行ってしまったの?

『今夜もし叶えてもらえなかったら恋は終われないから、迷惑になるから二度と連絡しない、』

迷惑じゃない、連絡が来ないなんて嫌だ、だからあの夜を自分は選んだのに?

『俺と友達でいたいって想ってくれるなら今夜だけ、唯一度の恋人になって?』

ずっと傍にいたいから友達でいたい、だから、あの夜だけでも願いを叶えてあげたかったのに?

『今夜だけは俺に恋してよ?俺だけの恋人として君を抱いて幸せになりたい、今夜だけは幸せになりたいよ…俺を嫌いじゃないなら、』

嫌いなわけなんて、ないのに?

「どうして…今夜だけはなんて、言ったの?」

独り聲こぼれて音になる、けれど応えてほしい人は行ってしまった。
本当は応えてほしいことが心あふれている、あの夜からずっと答えが欲しい。

どうして今夜だけはと願ったの?
どうして自分を一夜だけの恋人にしたいと望んだの?
どうして自分を抱いて幸せになれるの、どうして自分を選んだの?

どうして、男のあなたが男の自分を望んで、恋したと告げて、唯一夜で全てを忘れたの?

「どうして?…僕は男なのになぜ恋してくれたの、どうして僕だったの…どうして僕を」

訊きたい、どうしてなのだと教えてほしい。

あの夜で彼は終わったのだとしても自分は違う、それが何故なのか教えてほしい。
あの夜に自分が見つめた全ては夢じゃない現実、けれど朝にはもう夜の全てが消えていた。
脱がされたはずのシャツを自分は着ていた、整えられたベッドで自分は目覚めて、隣のベッドは空だった。

『おはよ、寝顔ほんと可愛いな、二日酔いとか大丈夫?』

笑いかけられて起きあがった向こう、ソファに居たのは夜の前と同じ笑顔だった。
すっきりとしたビジネスホテルの一室、ネクタイ姿も美しい彼は端整に座っていた。
いつも通りに彼は笑って新聞を読んで、一緒に朝食をとって、そして行ってしまった。

全部、夢だったのかな?

そんなふうに彼の笑顔と部屋の状況に想えて、何も訊けなかった。
体はすこし軋むよう怠くて、それも昨夜に呑んだ缶ビールの所為だと独り納得してしまった。
それなのに夜、風呂の灯りに見た肌は無数の薄紅の花が咲いて、全身を触れられた痕跡はあざやか過ぎた。

「…どうして何も言ってくれないの、僕には…はじめてだったのに、」

あの夜、自分は初めて人と肌を重ねた。

ずっと好きな女の子が自分にはいる、初めてのキスも彼女だった。
ずっと出逢った時から想い育まれて、仲良しのまま同じ大学に進んで、恋を意識した。
そして二十歳を迎えた成人式に想いを告げあえて、初めてのキスをして、恋人同士と微笑んだ。
けれど体を重ねることはまだ一度もしていない、結婚を考える相手だからこそ触れないで大切に想ってきた。

だから、あの夜が自分にとって初めての大人の恋だった。

「どうして英司…どうして何も言ってくれないの、あれから一度も、何も…どうして、」

どうして?

どうして彼は自分を抱いたのだろう?

あんなに美しい青年、あんなに優秀で有能で、幹部候補生との噂も高い男。
そんな彼を自分は羨ましいと想った事がある、同じ警察学校生として憧れて尊敬していた。
もう今の自分は警察を辞している、それでも同期生であり友人であることは誇らしくて嬉しい。

なによりも唯、好きだ。

「英司、僕は…あなたを好きなんだ、ただ好きなんだ…だから初めてなのに僕は…こわかったけどぼくは」

唯、好きだ。

あの青年が好きだ、真直ぐで美しい彼を好きだ。
ずっと父の死を泣いてきた自分、その想いごと時間を傍で支えてくれた。
そんな全てが自分には宝物だったから、だから初めての肌すら許して彼に応えたいと願った。

それなのに彼は全て忘れてしまった、今日なのに、彼は何も言わず30分だけ過ごして行ってしまった。

「どうして…好きな人まで裏切って僕はどうして、どうして…どうしてなの、英司…?」

想い、あふれて声に零れてしまう。

あの秋の夜からずっと訊けない想いが、今日だから止まらない。
あれから時を経るごと解らなくて離れない、あの夜に彼は何を望んだのか、自分は何を求められたのか?
あの夜の瞳は誠実だった、真直ぐ自分を映して願ってくれた、だから全身を委ねてしまった夜は忘れ得ぬまま離れない。

けれど彼は忘れてしまった、今日だから明日、せめて明日一日を一緒に見つめたかった願いすら叶わない。

『おまえが好きだ…唯一度だけあれば全て忘れられる、だから今夜だけ恋人になる幸せを俺に贈って?』

あんなふうに言ってくれた心はもう、どこにも無いの?

あんなふうに言った通りあなたは忘れて心は消えて、あの夜に生まれた自分の想いだけが置き去りにされる。
あの夜が初めてだと自分は告げて、それを知りながら自分を抱いて刻んだ想い、その全てが消えてくれない。
こんなことになるなんて想わなかった、それでも後悔しないと決めた心から刻まれた想いの雫が頬を墜ちる。

あの夜があなたの終わり、けれど自分には始まりになってしまったのに?

「英司、僕は…忘れるなんて出来なくて解らなくて、だから明日は…あしたは」

あの夜が明けた朝、あの朝の続きを知りたかった、だから明日、あなたと時間を見つめたかった。



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杜燈火act.2―morceau by Lucifer

2013-09-30 09:34:00 | morceau
Do take a sober colouring from an eye
Another sky of E



杜燈火act.2―morceau by Lucifer

足音ひとつ踏みしめて、岩を登山靴が噛んで登る。
ガレ場の木洩陽ゆれて明滅する光に風は動く、その葉擦れが髪ひるがえし肩から吹きぬける。
午前の平日、山は誰もいない静寂を梢だけが鳴って、時おり交わす鳥の声に樹幹を響かせる。

「…鳥にも相手がいるのに、」

ため息まじり微笑んで、そっと独り言が風にゆく。
ざりっ、靴底が踏む山肌だけが自分の声に答えて、誰もいない。
こんなふう単独行で登ることは日常のひとつで、それなのに今日は独りが響く。

―いつもなら独りの方が気楽でいいのに、

心つぶやいて吐息の唇に、そっと風がよぎって消える。
何も見えない風の気配、それなのに唇へ秋の記憶が追いかけてしまう。
あの秋から時は何年も経っていない、それなのに遠すぎる過去のよう孤独が鼓動を絞める。

『おまえが好きだ、』

ただ一言、けれど自分の全てだった。

あの夜に告げた想いは今も自分の全てかもしれない、たぶん永遠だろう。
だから今日、あの庭を見てみたかった、あの夜と同じ日の朝を知りたかった。
けれど、あの夜と同じ日が今日だという事を、あのひとは憶えているのだろうか?

―…明日の約束、今日にしてくれたの?

あの庭の声がほら、もう鼓動を響いて離れない。

明日の約束を今日にした、その意味を気づいてほしかった。
けれど何も言葉はなくて、それでも笑顔は優しいままコーヒーは温かかった。

―…まだ朝ご飯すませてないよね?よかったら一緒していって、コーヒーだけでも…どうぞ?

あの夜と変わらない穏やかな優しい声、澄んだ黒目がちの瞳、やわらかな髪の香。
笑顔の声はオレンジの香あまく風から伝わって、その距離を消したいと木洩陽に願った。
あの夜にも柑橘の吐息は月明り甘くて、重ねられる呼吸に幸せだけ見つめたあの時を今、熾したい。
そんな願いが今朝、あの庭で見つめた浴衣姿の笑顔あふれて温かくて、ただ温かくて綺麗で、縋りたかった。

「ごめん…」

想い、言葉の聲こぼれて頬なでる風に涙ひとつ拭われる。
ゆるやかな風は枯葉の香がもう甘い、そして涙ひとつ涼やかに鎮まり落ちる。
そっと一滴、音も無く山の道に吸われた痕に登山靴は止まって、葉擦れが髪を翻した。

ざぁっ…

山が風に哭く、木洩陽ゆれて光の明滅へと葉の色が舞う。
きらきら零れゆく葉は黄色あわい、その葉ひとつずつ見つめる想いが言葉になる。

「ごめん、好きだ、」

ほら、本音が独り聲になる。
今なら誰も人はいない、その静謐に言葉は微笑んだ。

「今でも好きだ、あの夜だけじゃない…ずっと好きなままなんだ、ずっと…ずっと俺は嘘吐いてるんだ、」

今夜だけ、唯一度。

そう泣いたからあの夜、君は赦してくれたのに?
それなのに自分は唯一度なんて想えない、そして今も涙ひとつ生まれだす。
その涙ひとつ頬を伝って唇ふれる、その雫にすら一夜のキスが蘇って想いあふれた。

「ごめん、忘れるなんて出来てない、俺は…ずっと嘘吐いてきたんだ、あの夜も今も、」

唯一度で全てを忘れる、だから今夜が終われば、ずっと友達。

そう約束したからあの夜を君は赦してくれた、友達として叶えてくれた。
この自分を友達だからと信じてくれた、ずっと友達でいたいと想ってくれて、だから赦された夜だった。
あの一夜だけ自分の想いを叶えてくれたなら全て忘れる、そう約束して、それなのに忘れてなんかいない。

『ごめんね、僕、好きな人がいるの…中学生の時から仲良くて、大学一緒に行って…つきあってる届けも出してる、本気だから』

あの夜、正直に話してくれた想いは別の相手に捧げた心だった。

その声も瞳もいつものよう穏やかに澄んだまま微笑んで、想い人への幸福に笑っていた。
ずっと好きな相手がいる、そんな唯ひとりを見つめる瞳は綺麗で温かくて、想いは余計に募ってしまった。
この眼差しに唯一度だけでも自分ひとり見つめてほしくて、ただ一夜でも欲しくて、だから友情を利用して約束した。

今夜だけ俺の恋人になって?

唯一度だけあれば全て忘れられる、だから今夜だけ恋人になる幸せを俺に贈って?
おまえに恋した全てを今夜に懸けて失恋したい、だから今夜が終わったら、ずっと友達。
今夜もし叶えてもらえなかったら恋は終われないから、迷惑になるから二度と連絡しない。

だからもし、俺と友達でいたいって想ってくれるなら今夜だけ、唯一度の恋人になって?

『友達でいたいよ、だって…僕は英司がいたから独り抱えないでいられたんだ、父のこと泣きたい時も、』

俺も独りで泣かせるのは嫌だったよ、おまえが好きだから。

『ありがとう、僕のこと好きになってくれて…でも僕、好きな人が』

おまえは俺のこと好き?

『好きだよ、だけどれんあいじゃないんだ、友達として』

少しでも好きなら、俺のこと嫌いじゃなかったら今夜だけ恋人になって?
それとも俺のこと嫌い?嫌いなら絶対に嫌だよな、たった一度だけでも。

『嫌いなんて…好きなのに嫌いなわけないでしょ?でもれんあ』

“でも恋愛とは違う好きだから出来ない、”

そう言われると解かっていた、だから言わせたくない唇をキスで封じ込めた。
そのまま抱きしめて、接吻けた唇のためらいも気付かないフリして深いキスをした。
重ねた唇からキスに吐息を交わして呼吸から想い支配して、シャツ透かす鼓動の音を聴いていた。

ほら、あの鼓動も吐息の香も今だって聴こえてしまう。

『…英司、まって、』

なに?…何を待てばいいの、俺?

『そんなふうにしたらダメだよ…相手の気持ちゃんと聴いてからしないとね、キスしても幸せになれないよ?…寂しくなるだけだから、ね?』

ほら、黒目がちの瞳が微笑んで優しいまま自分に教えてくれる。
身勝手に接吻けたキスにすら怒らないで、穏やかな温もりに包んで受けとめてしまう。
だからこそ離れられなくて放したくなくて、生まれて初めて自分は泣いて一夜を人に乞うた。

『今夜だけは俺に恋してよ?俺だけの恋人として君を抱いて幸せになりたい、今夜だけは、幸せになりたいよ?…俺を嫌いじゃないなら、』

今夜だけ、幸せになりたい、嫌いじゃないなら。
そんなふう泣いて言われたら断るなんて難しい、そう知っているから泣いて縋った。
けれど自分は自分で解かっていた、今夜だけと想いきるなど出来ない自分と知りながら嘘も真実も懸けて泣いた。

「…ごめん、泣き落としなんかして…でも本気だから泣いたんだ、唯ひとり君を、」

あの夜の涙も嘘も自分の真実だった、この全て懸けて抱きしめた幸福を忘れるなんて、出来ない。






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華燈火act.2―morceau by Dryad

2013-09-25 22:02:10 | morceau
Qui près et loin me détient en émoi
Another sky of Y



華燈火act.2―morceau by Dryad

トレイを抱えて扉を開けて、ふわり樹木の息吹が朝を運ぶ。

「ん、…いい風、」

微笑んでテラスに踏み出す向こう、木洩陽にダークブラウンの髪ゆれる。
きらきら朝陽に梳かれる髪は繻子のよう紅くて、その横顔の白皙に光ふらせて白シャツにも眩い。
赤と白そして黒い瞳、三つの色彩は緑陰に映えるまま鮮やかで懐かしい物語の挿絵を想わせてしまう。

―昔、あのベンチでお父さんが読んでくれたね、

美しい紅髪の騎士が旅をする、それは異国の古い物語。
アルファベット綴りの遥かな過去は不思議で綺麗で、そして哀しかった。
あの騎士が自分の庭にやってきたみたい、そんな空想に微笑んで芝生へと降りた。

かさり、

芝生が下駄に鳴る、その素足に露濡れて秋なのだと想わせる。
トレイのポット燻らす芳香はほろ苦くて甘くて、籠はパンの香に温かい。
ごく簡単なサンドイッチとコーヒーの朝食、それでも訪問者は喜んでくれるだろうか?

―ほんとに王子さまって感じだから、食事の好みとか本当は色々あるよね?

会った回数を数えられる相手に考えてしまう、彼は本当は何が好きだろう?
まだ未知の多いほど共に過ごした時間は少なくて、けれど惹かれてしまう。
だから、あの秋あの夜も自分は後悔していない、そう、心から想っている。

―あれで良かった、あの時は必要なことだったから、

出逢った春、そして秋に刻まれた痛みも熱も哀しみも愛おしい。
それでも想い続けている人に抱いてしまった秘密はずっと、あの秋から傷み深い。

―ごめんね、何でも話してきたのに…これだけは、

もう十年を想う人に罪は傷む、そして痛みの分だけ言う事は出来ない。
これを伝えても誰も何も幸せになれない、そう解っているから秘密に抱いている。
この秘密を共に見つめる相手が今この庭に来てくれた、その時間に友情を見つめて笑いかけた。

「お待たせ、…口に合うと良いんだけど、」

笑いかけて東屋のテーブルにトレイを置く、その向こう木洩陽に紅い髪は振り返る。
向き直ってくれる白皙は端整な美貌に華やぐ、けれど長い睫の瞳は寂しい翳で、それでも笑顔は美しかった。






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杜燈火―morceau by Lucifer

2013-09-22 23:45:39 | morceau
To me the meanest flower that blows can give
Another sky of E



杜燈火―morceau by Lucifer

震える手、けれど扉を開いて外に出る。

運転席の影から広がった世界は森、そして古く清らかな家。
大きすぎない擬洋館建築はシンプルに美しい、その廻らす森は広かった。

「…奥多摩の森、」

見あげる梢は豊穣の葉擦れ、高く遥かに木洩陽ゆらす。
ふわり頬の撫でる風も山懐そっくりなまま樹木の馥郁が深い。

―こんな庭が個人宅にあるなんて、珍しいよな、

深い森、けれど一般住宅の庭。
そんなアンバランスは、けれど馴染んでいる森と家はしっくりと美しい。
こういう家と庭を護っている人、そう想うだけで溜息こぼれて微笑んだ。

「…やっぱり無理だ、俺には、」

無理だ、自分には勿体無さすぎる相手だ。

そう解っていた、だから雨のベンチで独りきり諦めた。
もう諦めたから、だから約束に頷いて門を潜って今ここにいる。
そんな判断は今ここに立ち、見て、正しかったのだと想えてしまう。

こんな美しい家と庭を護るひと、その隣に自分なんか相応しくない。

―これで諦められる、もう…このまま黙っていればいい、

心そっと想い微笑んでガレージから一歩、芝生の飛石に踏みこむ。
かたん、石とレザーソールが響きあいながら風はシャツを透かして涼ませる。
ふっとコットンを貫けた空気は肌を冷やして寛がす、その心地よさ微笑んだ向こう穏やかな声が笑った。

「おはよう…明日の約束、今日にしてくれたの?」

ほら、こんな抜打ちの来訪だって優しく笑ってくれる。

まだ早朝、けれど端正な浴衣姿は凛と佇んで歓迎の笑顔ほころばす。
こんな笑顔も言葉もすべてが本心なのだと自分には解って、解かるから募ってしまう。
それでも沈黙を決めこんだ想いのままに今、ここで決めたばかりの予定と笑いかけた。

「おはよう、朝早くごめんな?急だけど俺、明後日まで奥多摩の訓練に行くことになったんだ。それで今、ここから庭見させて貰おうと思って、」

本当は明日、庭を見せてもらいに来る約束だった。
けれど来られない理由を作って笑いかけて、その真中で黒目がちの瞳が自分を映す。
そっと睫伏せて、けれどすぐ見あげてくれた瞳は寂しい翳と優しく微笑んでくれた。

「まだ朝ご飯すませてないよね?よかったら一緒していって、コーヒーだけでも…どうぞ?」

どうぞ?

そう勧めてくれる笑顔は素直なまま信じて、疑ってくれない。
そんな笑顔に想いは沈黙のまま身じろぐ、その未練が鼓動を正直に軋ませる。
ただ痛くて、断って逃げたようとして、けれど森の片隅に緋色一輪ゆらいだとき声が出た。

「ありがとう、じゃあ庭だけお邪魔させてもらうな?」

ほら、あの花が自分を手招いた?そんなふう惹きこまれて一歩、また革靴は飛石を踏みだす。






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華燈火―morceau by Dryad

2013-09-22 00:39:11 | morceau
dites-le-lui pour moi ―導きの燈



華燈火―morceau by Dryad

庭の森に一輪、緋色の真紅が揺れて咲く。

木洩陽きらめく古樹の許に赤く一つ花ひらく、その場所は去年と同じ。
すぐ咲こうと蕾すっくり傍に並んで、あわい萌黄のラインは陽だまりの光の柱。
その先にはもう真紅が覗いている、きっともう明日には咲いて花の緋色あふれだす。

「…明日は一緒に観てもらえる、ね?」

独りそっと庭に呟いて、梢の風ゆるやかに鳴って風駈ける。
やわらかい木蔭の深緑に光ゆれて風は頬を撫でる、そんな朝は涼しくなった。
こんなふう風に季の移ろいを見上げた枝はもう、黄色あざやかに葉を染め変えていた。

今は秋、あの秋から時はどれだけ経たのだろう?

―あの秋が無かったら今、僕はどこに居たのかな、

独り心に廻らす秋の記憶、その数だけ時間と想いは降り募る。
あの秋も無く、あの夜も無く、この出逢いが無かったら今頃の自分は幸せだったろうか?

「ううん、…逢えたから今が幸せだね、ほんとうに…」

本当に今、幸せだと鼓動も深くから温かい。
この秋まで時は喜びだけじゃない、哀しみの方が多かったのかもしれない。
それでも、哀しみすら幸せの種に変えられたのは多分、あのひとに出逢ったからだろう。

「…早く逢いたい、ね、」

そっと零れた本音にほら、もう首すじ熱が逆上せだす。
きっともう紅くなってしまった、けれど朝早い庭は独り誰も見ていない。
そんな安心感に微笑んで素足の下駄を歩みだして袂に衿に、ふわり綿織の透らす風が涼ませる。
もう浴衣一枚で朝は寒くなってきた、この風の変化に微笑んで芝生の露をゆく背で門扉の音が軋んだ。

―こんな朝早く、誰?

まだ6時前、こんな刻限に誰が来るのだろう?
その不思議に見つめた樹林の向こう、知っている四駆がガレージに入った。

「…ほんと?」

予想外のこと、けれど信じたい、そんな祈る想いの真中でほら、運転席の扉が開かれる。








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愁雨の席―morceau by Lucifer

2013-08-24 21:04:09 | morceau
冷たい雨、けれど 
Another sky of E



愁雨の席―morceau by Lucifer

聴覚を、雨が敲く。

止まない音に肩が背中が濡れてゆく、頭上ふる雫が頬伝って衿から肌濡らす。
冷ややかな指ふれてゆくような雫の無数、その感覚に忘れたい記憶が脱げ落ちる。

「…誰もいない、俺は」

ひとり零れた声、けれど遮らす水に聴こえない。
音すら奪われた聲は誰も聴いてはくれない、そんな孤独に歩いている。
たった1時間前は人肌が疎ましくて捨ててきた、それは毎日の常習のよう珍しくもない。
それなのに歩いている雨の公園、誰にも逢えない無人がなぜか今この鼓動を裂いてゆく。

どうして今、自分の胸は痛い?

起きた疑問に踏み出す足許、滴らす波紋の生まれて消えてゆく。
灰色の空から水はふる、揺らがす梢から雫の敲いてシャツが肌を吸う。
濡れて透ける白が体温を奪いに纏わりつく、そんな感触は仮寝の泡沫と似て疎ましい。
それほどまで本当は誰にも触れられたくない自分の心と体、それなのに、どうして探す?

―こんなに人恋しいなんて、なんだろ?

こんな想いはしたことがない、それなのに今は求めて脚は歩いてゆく。
こんな自分の心と体に途惑う、それでも雨ずぶ濡れる視界は誰かを探している。

「俺…誰を探してるんだろ、」

雨に唇つぶやいて雫が喉を濡らす。
融けてゆく水が吐息に変わって消える、その唇にまた雨が降る。
ただ歩き続けている空は灰色のまま明暗も分たない、そんな空に時間も季節も解らなくなる。
こんなふうに都会の空は無表情で変わらない、それが自分の貌も同じだと自嘲こみ上げて英司は笑った。

「馬鹿だな、」

一言に笑って、けれど瞳も頬も和まない自分が解かる。
こんな貌の自分を誰も待ってなどいない、そんな諦めの先でベンチひとつ映りこんだ。






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解夏、緋雲天衣―morceau by K2

2013-08-15 04:30:34 | morceau
誰彼時、戀ひるがえし 



解夏、緋雲天衣―morceau by K2

竹刀袋と学生鞄の向こう、薄紅きらめく空ひるがえる。
あわい紫暮れる山は蒼く、森は夜の墨色しずませ融けてゆく。
自転車を漕ぐ頬に風は火照りを醒まし、稽古着の衿元から涼ませる。
すっと冷えてゆく汗に首元で紐揺らぐ、その懐に弾むガラス細工が心地良い。

―いまごろ病院も終わる頃かね、今夜はちゃんと帰れる?

汗薄い胸ふれるガラス細工に、これと揃いを持つ人が慕わしい。
水曜日の今日は日勤だけのはず、けれど急患が訪れたら白衣を脱がないだろう。
あの人は勤務時間外でも医師である誇りにただ微笑んで、優しい手に目の前の人を援ける。

―そういうトコ大好き、でも、構ってほしいってのも本音だね?

いつも真摯に微笑む白衣の美しい人、だから尊敬に仰いで愛している。
そんな人だから自分だけ見てほしいと願う、こんな我儘ごとあの人は愛してくれる。
だから離れている時すら我儘も幸せで、胸ゆれるガラスに微笑んでいつもの坂を漕いでゆく。
梢ふる薄闇に黄昏の木洩陽は紅い、その鮮やかな色彩に逢いたい肌を想い光一は自転車を止めた。

遥か連なる故郷の山嶺、その空は緋色あざやかに夏日暮れて秋を呼び、いつかの約束すこし近くなる。





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微睡時の森深く―morceau by Aesculapius

2013-08-11 00:25:33 | morceau
翠の闇、光の白 



微睡時の森深く―morceau by Aesculapius

水奔る森、飛沫くだけて光に散る。
苔むす岩に水が鳴る、谷風が梢を渉って葉音ふる。
ざわめく木洩陽きらめいて水走らせ辿り、遡る樹影に響きだす。

「…もうじき、」

響きへ声こぼれて足を運ぶ、その靴元に光ゆれて風が鳴る。
独り踏んでゆく山路は誰もいない、けれど無数の樹木に静謐が明るい。
遠く近く響かす飛沫の風ひるがえって頬を涼ませる、その風に滴が跳んだ。

ほら、もう大きな水の壁きらめきだす。
いま純白に轟く水あふれゆく、その飛沫に夏の陽きらめかす。
この輝きも5ヶ月の星霜に凍るなら、そのとき顕れる姿を見せてあげたい。

夏の今日は幼くて、まだ連れてきてあげられなかった。
けれど冬には共に歩けるはず、その成長を願いたくて祈りたい。
そんな想いに回りこんだ岩の向こう、透明な光の沢に登山靴を進ませる。

仰いだ清流ふらす旋律に、約束は七彩の輝き映す。






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